マイナス金利解除と円安
先々週3月19日、日銀がついにマイナス金利の解除を決定した。同時に長短金利操作(イールドカーブコントロール)撤廃や上場投資信託(ETF)新規買入れ停止などの金融緩和策修正も発表しており、これで金融正常化へ向けた一歩が確実に踏み出されたと理解してよいだろう。
市場参加者の間では、以前より日銀のマイナス金利解除は(日米金利差の縮小につながるため)円高要因と捉えられてきたところがあったが、実際にはマイナス金利決定の1週間ほど前から逆に大幅な円安が進んで、ドル円相場は先週27日には34年振りの水準となる152円台手前まで上昇した。なぜこのような動きになったのだろうか。
ひとつには、今回日銀が政策変更に向けて、極めて慎重に事前の地ならしをした結果、市場参加者がその影響を先に織り込んでしまっていた、ということが言えよう。投資戦略や相場の読み方についての古くからの格言のひとつに「Buy the rumor, sell the fact」(ウワサで買って、事実で売れ)というのがある。ある材料のウワサが出た時点で買って、実際にそれが事実になった時点では(他の市場参加者も織り込んでしまうので)むしろ売りに転じた方が良い、との意味だが、今回のケースでは、このタイミングでのマイナス金利解除への期待が高まり始めた3月初旬に大きく円高が進み、(詳細なリーク報道により)政策変更の内容がほぼ確実と思われ始めた3月中旬ごろには逆に円安に進んだ、という流れを見るにつけ、多くの市場参加者がこの格言に沿って行動したことが見て取れる。
ただ、これはあくまでも短期的な要因と見ておくべきだろう。足下の円安を招いているより本質的な要因と考えられるのは、直近の数週間のうちに、日米の金利差縮小には思ったより時間がかかりそうだということが誰の目から見ても明らかになってきた、ということだ。
日米金利差はドル側の要因と円側の要因とで決まってくる。ドル側の要因は、米連邦準備理事会(FRB)による利下げペースがまだなかなか見極められない状況が続いている一方、円側要因については、今回の日銀の政策変更で「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続する」(日銀声明文)とのコメントにも示されるように、追加利上げはあったとしても緩やか、ということがより明確になったと言える。マーケットでは、一般的に霧が晴れて視界が良好になると、市場参加者にとってはリスクオン(積極的にリスクテイクできる環境)を意味する。今は日米金利差にベットしたポジション、すなわち円キャリートレード(低金利の円で借入をして、高金利通貨のドルなどで運用することで利益を狙う取引)を積み増す方向での取引が増加し、これが円売りの流れを作り出している。
円キャリートレードは、日米金利差(足下の政策金利ベースで5%以上)が今ほど大きくない時期にもかなり活発に行われていたので、金利差縮小により直ちに無くなるわけではない。ただ、ひとたび金利差縮小のサインが出てくれば、そしてそれがもしサプライズをもたらすかたちで出てくるとすれば、一気に円キャリートレード縮小の動きが出てくる(つまり円高)可能性も残る。円側の要因がクリアになってきた今、ドル円相場はますますドル側の要因に依存する状況が続くのではないかと考えている。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)