日銀の政策修正
最近、インドネシア人の顧客や同業者からよく聞かれるのは、「日銀の金融政策はいつ変わるのか」という問いだ。彼らを含め多くの人にとって、今、日銀の政策変更に注目するのは、それが円の為替レートに大きく影響するであろうからだ。ただし、当の日銀にとっては、円の為替レートは求められるマンデートの外の事項となる。従って金融政策の決定においても、為替レートの安定や誘導を目的とした判断がなされるということはない。これは決しておかしなことではなく、先進国の中央銀行としては極めて普通の建て付けでもある。
ちなみに東南アジア諸国の中では、インドネシア中銀は通貨ルピアの安定を政策目的のひとつとして明記しているが、タイやマレーシア、フィリピンといった国々の中銀は、少なくとも明示的には通貨安定をそのマンデートには加えていない。
日銀は先週の金融政策決定会合で、長期金利の水準を抑えるための長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化を決めた。これまで長期金利(10年物国債金利)が1%を超えないように厳格に抑制するとしていたものを、今後は1%を金利上限の目途として機動的に対応するとした。つまり1%を超えることも場合によっては許容するとの姿勢を示したことになる。
長期金利の上昇を一定程度容認することで、短期金利の指標である政策金利の上昇、すなわちマイナス金利政策の解除、に向けた地ならしをしている、というようにも理解できるが、しかし、先週のこの決定に対する市場の反応は薄かった。発表当日のドル円為替は151円台後半を付けるなど、むしろ日銀の政策変更に対する本気度を疑問視するとも取れるような動きを見せた。
このような市場の反応となったのには、ひとつには今回の日銀の決定内容や声明にあいまいさが残ったことも大きいのではないだろうか。1%を金利上限の「目途」(日銀声明文の英語版では「Reference」との訳が充てられている)とするという表現は、1%を多少は超えることも許容すると理解できるが、では1・2%ならいいのか、それとも1・5%ぐらいまで許容するのかはわからない。また、今回、新たに1%超えを許容する一方、声明文には「長期金利の目標を引き続きゼロ%程度とし」との表現が入るなど、これまでの路線を踏襲するスタンスも見せる。
声明文を読んだ私の同僚トレーダーは、これでは日銀がハト派(政策変更に慎重)なのかタカ派(政策変更に積極的)なのかわからないとボヤいていたが、実際のところ今の時点では両方の要素を残しておきたい、ということかもしれない。
日銀としては「賃金上昇を伴った2%以上のインフレ率」が実現するかどうか不透明なうちは明確なスタンスを示しにくいし、政策的にも柔軟性を確保しておきたい、といったところだろう。ただ柔軟性を確保しようとすると、メッセージがどっちつかずになって、市場へのアナウンスメント効果は希薄化する。そして日銀自身の政策目的を考えれば、今後も為替市場に主眼を置いたコミュニケーションを行う余地は限られる。
市場参加者の間では、日銀のマイナス金利解除は来年1月から4月にかけてのどこかで、というのがメインシナリオになりつつあるが、これもまだわからないだろう。従ってドル円為替もまだ先を読みにくい状況が続く、つまりドル金利の動向に左右される相場が続く、と見ておくべきではないだろうか。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)