波乱のドル円相場

 先週は多くの人の予想を上回るスピードで円高が進んだ。6月末に145円台をつけた後、先々週後半から徐々に円高基調が始まってはいたが、先週の動きはさらに大きく、わずか一週間で142円台から一時137円台と約5円の値動きを伴う大幅円高となった。
先週のこの動き、ドルと円の両方の要因にドライブされていたが故に大きな動きとなったと言える。まずドル側の要因は、先週発表された6月の米国の消費者物価指数(CPI、インフレ率)の伸び率が総合指数で前年比3・0%と市場予想比で下振れたこと。これにより、先月の米連邦準備理事会(FRB)によるあと2回の追加利上げが必要との見立てに対し、市場ではあと1回の利上げ(次回の7月会合)で打ち止めになるとの見方が大勢を占めるに至った。
 一方、円の方の要因は、CPI総合指数が昨年後半以降、継続して3%を超えていることに加え、今月7日に出た日銀の内田副総裁のインタビュー記事が、現状の金融政策の一部、つまり長期金利を対象とするイールドカーブ・コントロールの修正に含みを持たせる内容であったことから、一気に日銀の政策変更に対する期待が広がったことだ。
 日本のインフレ率が連続して3%を超えてきているのに対して、米国の直近6月のインフレ率が3・0%(いずれも総合指数ベース)と、時点はややずれるものの日米インフレ水準の逆転が見られるようになってきたことは、少し前までは想像すらできなかったことかもしれない。もちろん瞬間風速的に水準が上下することはあるので、これが定着した構図になるかどうかはまだわからない。ただ足元でインフレ率がほぼ同じ水準になってきている日米両国の中央銀行が、ある意味では真逆の立場を維持しているのは面白い(FRBは粘着力が高いとするインフレに警戒感を崩していない一方、日銀は今のインフレがあくまでも一過性のものである可能性が高いとする立場を変えていない)。
 日銀の政策変更の可能性については、既に日銀ウォッチャーをはじめとする多くのアナリストや識者が政策変更のタイミングや条件についての考察を行なっているのでご興味ある方はそういった記事やレポートを見ていただくことをお薦めするが、時間軸を長くとってみると、今足下の動きは過去10年間に市場参加者の間で固定的になっていた前提条件を変える動きになるかもしれないと思う。
 日銀の黒田前総裁が異次元金融緩和を打ち出したのが2013年4月。当時のアベノミクスに対する期待なども相まって、以降ドル円相場は110円を挟んで推移する安定したボックス相場が続いてきた。この期間は日本の金融政策変更は無いという前提で相場が形成されてきたと言える。昨年はドル金利要因でこのボックス圏を突き抜けて円安が進んだが、今は日本サイドの政策変更の可能性が浮上してきているという意味で、前提条件に大きな変数が加わったとみるべきではないだろうか。
 変数が多く市場参加者の見方が錯綜するうちは、相場のボラティリティ(変動率)は高くなりがちだ。ビジネス上の為替ポジションであっても、個人の為替取引であっても、できる限り有利なレート水準でと考えるのが自然だろう。ただ為替市場はゼロサム・ゲーム(誰かが得をするとその分他の人が損をする)で、株式市場のように市場全体としての成長が見込まれるプラスサム・ゲームとは異なる。つまり確実に利益を上げ続けるのが難しいゲームだ。高いボラティリティの下ではリスク量も大きくなることを再認識しておきたい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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