金融危機とネットワーク
先週触れた米シリコンバレー・バンク(SVB)の破綻に端を発し、欧米を中心に金融システムの安定性に対する懸念が一気に高まっている。米国ではSVBを含む地銀3行が破綻または業務停止、欧州では以前より経営不振にあったクレディ・スイスが、筆頭株主が追加出資を否定したことがきっかけとなり信用不安に陥った。いずれのケースも金融当局が介入して、預金全額保護や流動性供給などかなり踏み込んだ手を打っているので、今のところは金融システム全体の危機というところまでは至ってないが、市場のセンチメントは完全にネガティブ・サイドに振れてしまった。今や、次のSVBやクレディ・スイスを探す動きが市場の最大の関心事だ。
今回の一連の動きの特徴は、経営破綻などのイベントが伝播するスピードの速さが際立っていることだろう。SVBは、損失計上と増資計画の発表からわずか3日で経営破綻に至ったし、他の米地銀2行もほぼ2〜3日以内に業務停止が決まった。そしてこれがクレディ・スイスの信用不安に飛び火するまで1週間もかからなかった。
一方で、金融当局による踏み込み度合いも際立つ。米地銀3行は、金融システム全体にとってみると規模的に小さく、少なくとも平時では、こういった銀行の破綻に際して預金保険の上限を超えての預金全額保護は行き過ぎだろう。これまでの金融規制の有効性についての疑義も呈されてはいるが、今の状況下では、銀行取り付け騒ぎのドミノ倒しを食い止めることが最優先事項となっている。
リーマン・ショックの際には、金融システム維持のために「大きすぎて潰せない(Too big to fail)」とされた大手金融機関に公的資金が投入された。そしてその後はそういった大規模金融機関を対象に規制を強化する流れができた。しかし、今回は危機の伝染力が非常に強く、規模に関わらず当局が介入する、いわば「繋がりすぎて潰せない(Too interconnected to fail)」という状況になっている。
リーマン・ショック以降、金融危機の発生・伝播のメカニズムの解明に、ネットワーク分析の手法が盛んに用いられるようになっている。コロナのような感染症の拡散などを理解する際にも使われている手法だ。近年、金融システムはグローバルに相互依存性とネットワーク性が高まってきているので、こういった手法の有用性も高まってきていると言えよう。
個々の金融取引で繋がっているケースであれ、SNSのような情報のやり取りで繋がっているケースであれ、ひとたびネットワーク性が構築されると、人は他人の意見や行動に影響を受けやすくなる。今回の取り付け騒ぎも、個々の預金者がそれぞれ銀行の財務状況を判断して行動した結果というよりも、他人の行動に影響を受けた結果という色彩が圧倒的に強いだろう。 もちろん火の無いところに煙は立たず、ネットワーク上の拡散が発生するには、一定の条件は必要となる(拡散の転換点に達するだけの一定度合いの拡がりが達成される、スーパースプレッダーと呼ばれる拡散を加速化させる存在がいる等)。
ネットワーク上で拡がるのはパニックを引き起こすようなネガティブな行動だけではない。預金全額保護や他の銀行による救済合併といったような安心材料もネットワーク効果によって拡散しうる。その意味で、今後、金融システムがさらに不安定になるか、それとも今の状況が沈静化するかは、どちらの要素がネットワークを制するかにかかっている、という見方もできるのではないだろうか。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)