ファイト・ザ・フェド

 先週、米連邦準備理事会(FRB)が0・25%の利上げを決めた。引き上げ幅はついに最小単位に縮小した格好だ。昨年3月に始まった利上げは、4回連続0・75%の大幅利上げを含めて計8回を数え、歴史的な利上げ局面となったが、ようやくここにきてその終焉が見えてきたと言える。米国のインフレ率も減速の動きを見せてきており、インフレとの戦いも峠を越してきたことは間違いなさそうだ。利上げをスローダウンさせる動きは米国以外でも拡がる。インドネシアでも中銀総裁自ら2月の利上げ見送りを示唆した。ユーロなど一部の通貨を除き、利上げ終了が視野に入ってきたのはグローバルな動きと言えそうだ。
 そんな中で市場では新たな不安要素が出てきている。米国の金融政策の転換、つまりいつ利上げが終了し、いつ利下げに転じるか、について金融当局であるFRBと市場参加者との見方にギャップが生じていて、それが明らかに大きくなってきていることだ。FRBは「年内の利下げは想定せず」とのスタンスで、これを明確に発信しているのだが、市場は年内の利下げへの転換を織り込むポジションを作ってきていて、これが足元で株高、債券高(金利低下)の流れを作り出している。FRBの方は、このような市場の楽観的な動きがインフレ抑制の妨げになるのを警戒する。このような認識ギャップは昨年の年央ごろから出ていたが、その都度FRBが市場の動きを強く牽制することで、市場の方がFRBの金融政策シナリオにあわせるかたちでポジションを修正しギャップが埋められる、ということが繰り返されてきた。しかし、今はこのギャップがなかなか埋まらない(市場がFRBの言うことを聞かない)。
 金融の世界では、「Don’t fight the Fed(「フェド=FRBの略称)」には歯向かうな)というのが市場の鉄則と言われる。政策金利を決定する権限を持つ金融当局の言うことに反する動きをしても結局は損を出すだけ、との含意だ。ただ、今の状況は市場の方がむしろFRBに悲観的なインフレ見通しを修正するように迫っている図式がある。どちらが正しいのか(どの程度のペースでインフレが沈静化するか)は後になってみないとわからないが、この心理戦はしばらく続きそうだ。
 以前このコラムで、このような市場の楽観姿勢は「確証バイアス」(自分の先入観や仮説を肯定するような情報ばかりに注目してしまう認知傾向)に引っ張られているのではと指摘したが、今この局面で、もう一つ思い至るのは、市場自体が多少なりとも「自己成就的予言」(Self―fulfilling prophecy)的性格を持っているということだ。予言の自己成就とは、仮に正しくなくても、そう思って行動する人が群集心理的に増えていくと、実際にそれが成就してしまう現象だ(例えば、新型コロナ禍の際にトイレットペーパーが売り切れる等)。
 今後、実際のインフレ率がどこまで金融マーケットの影響を受けるかはわからないが、少なくとも今の株高・債券高はインフレ沈静化に向けた市場の楽観モードがスパイラル的に拡がって自己成就的に作り出されている面もあるだろう。
 シェイクスピアの戯曲「マクベス」は、この予言の自己成就を巧みに描いている。主人公マクベスが、魔女たちからの予言に従って行動することで王の座を得るが、最後には周囲からの重圧と自責の念に耐えきれず破滅の道を歩む。
 ひょっとすると今回の市場とFRBとの駆け引きは、市場側の勝利(市場の先回りする動きにFRBが追随する)となることもあるかもしれない。ただ実態が伴わない市場の動きにはしっぺ返しのリスク(例えばインフレが十分に収まらず景気も腰折れするリスク)もあるということではなかろうか。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

為替経済Weekly の最新記事

関連記事

本日の紙面

JJC

人気連載

天皇皇后両陛下インドネシアご訪問NEW

ぶらり  インドネシアNEW

有料版PDFNEW

「探訪」

トップ インタビュー

モナスにそよぐ風

今日は心の日曜日

インドネシア人記者の目

HALO-HALOフィリピン

別刷り特集

忘れ得ぬ人々

スナン・スナン

お知らせ

JJC理事会

修郎先生の事件簿

これで納得税務相談

不思議インドネシア

おすすめ観光情報

為替経済Weekly