逆風下のスタートアップ
大手テック系企業のリストラのニュースが多く見られるようになってきた。イーロン・マスク氏が買収したツイッターは全従業員の半分にあたる3700人を解雇(レイオフ)、メタ(旧フェイスブック)も先月の決算説明ではメタバースでの拡大戦略を打ち出していたが、先週に入って全従業員の13%に相当する1万1千人の削減を発表。アップルやアマゾンなど他の大手も採用凍結に動くなどコスト抑制に舵を切る動きが鮮明になっている。東南アジアのテック大手各社も今年に入ってから株価が低迷していたが、先週インドネシア最大手GoToが1000人規模のリストラ(全従業員の10%)を検討しているとのニュースが出るなど、グローバルで起こっていることがこの国にも波及してきているようだ。
これらの動きは、世界的な景気後退懸念による広告料低迷やクラウド関連収入の低下といった営業面の要因もあるが、株価下落と金利上昇による資金調達環境の悪化も大きな後押しになっていると言えよう。特にスタートアップ段階のテック系企業にとっては圧倒的に後者の要因による影響の方が大きいはずだ。
株価つまり企業価値の評価は将来見込まれるキャッシュフローを現在価値に割り引くディスカウンテッド・キャッシュフロー(DCF)が基本だが、急成長していて数年先のキャッシュフローが読みにくいようなスタートアップ企業については、足下の営業キャッシュフローや顧客数などから既に上場している類似企業の株価を参考にして企業価値を算出するアプローチ(一般的にマルチプル法と呼ばれる)が主に採用される。従って上場している類似企業の株価が大きく下がるとダイレクトに影響を受ける。また急激な金利上昇と流動性の低下は、自社ばかりかベンチャーキャピタル(VC)など投資家サイドの資金調達にも影響する。
今回と似たようなダウントレンドは大小含めると過去にも何度か起こってきたが、スタートアップ企業が大きく影響を受けた最初のケースは2000年のITバブル崩壊だろう。当時も米欧そして日本でも急成長していたスタートアップ企業が少なからず淘汰された。その中で生き残った企業の代表例はアマゾンだろう。創業以来4年間は赤字を出し続けながら拡大戦略に経営資源を集中してきたが(年間最終赤字幅は最大で14億ドル)、2000年4月に株価が下落し始めると、一気に経営の舵を切り、投資抑制とコスト削減で翌年の第4四半期には黒字化に漕ぎ着けた。この間、従業員も15%にあたる1300人が削減された。当時、多くの人が実感を持って学んだレッスンは、利益を高めることと早く成長することはトレードオフの関係にあること、そしていったん屈んで成長を減速させた時に利益を出せるかどうかが生き残りの境目となる、といったことだろう。
東南アジアにはいわゆるユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上と評価される未公開企業)が30社以上はあると言われるが、彼らを含めた大半のスタートアップ企業にとって今回ほどの外部環境の悪化は初めての体験となるかもしれない。一部に中国系向けのVCがインドや東南アジアに投資先を移すような追い風の動きも出ているようだが、市場全体の流動性がタイト化する中では、いったん屈んで耐久力をテストされる企業が増えていくと思われる。インドネシア株式市場の時価総額の上位銘柄は、GoToがトップ10に入っている他は資源や銀行など従来型業種が並び、入れ替わりも比較的少ない。今回の逆風を乗り越え、将来新しい銘柄が登場してくることを多くの人が待ち望んでいるのではと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)