マーケットの期待値
いまグローバルでの金融マーケットの最大の関心事は、インフレ抑制に向けた各国中銀の利上げがいつ終息に向かうのか、そしてそれにより深刻なリセッション(景気後退)を避けることができるのか、に尽きるだろう。先週開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でもこのテーマが議論の大宗を占めた。会議後に公表された議論の要旨や、議長国インドネシアのスリ・ムルヤニ財務相による会見は、ほぼ全ての金融当局関係者が、世界経済のリセッション・リスクについて極めて深刻に捉えていることが改めて伝わってくる内容であった。
マーケットはあらゆる情報に左右されて動く。ただし、「Aというイベントが起こったらマーケットはBという動きをする」というような公式が成り立つ訳ではない。むしろ、単純化して言うならば、「Aというイベントが市場参加者の期待値を上回る(または下回る)のであればマーケットが動く」というような関係性とでも言うべきだろう。したがって、マーケットの動きを読むためには市場参加者の「期待値」がどこにあるかを理解することが重要となる(これも言うは易しだが……)。
今月初にオーストラリア準備銀行(中央銀行に相当)が政策金利0・25%の引き上げを実行した。前回まで4会合連続で利上げ幅が0・50%だったので、少しペースを緩めたことになる。そして、これが市場参加者の間で意外に注目すべきイベントとして受け止められた。各国の中銀が一向に利上げペースを緩めない中で、このケースが世界的な利上げトレンド終息の兆候ではないかと解釈されたのだ。直後にオーストラリア株式市場は大幅高、他国の株式市場もポジティブに反応した。普段、オーストラリアの政策金利が世界的に注目されることはお世辞にも多いとは言えないし、それが世界経済に及ぼす影響となるとますます疑問符がつく。ただ少なくとも今回のこのイベントは、期待値を揺れ動かす何かを産み出した訳だ。
このような期待値の揺れは小さいものも含めればほぼ毎日のようにマーケットで起こっているのだが、今回のオーストラリアのケースは、足下のマーケットのセンチメントを象徴したような揺れ方をしていたのではと思う。つまり、冒頭で触れたように各国の金融当局・中銀が繰り返し警戒感を示しているにも関わらず、市場参加者はそれをどこか先回りして、「そうは言っても今の状況はいつか終わりが来るのでは」とか「いまのトレンドも多少どこかでスローダウンするのでは」といったような期待値を持ってしまっているということだ。そして、この先読みには多分に「確証バイアス」(自分の先入観や仮説を肯定するような情報ばかりに注目してしまう認知傾向)が入り込んでいる可能性があると思われる。つまり、ここまで急激な利上げがさらに何カ月も続くなんてことはないという思い込みや、早くこの異常な状態が終わってほしいという願望が、あらかじめ期待値の中に入り込んで、それを肯定するようなイベントやニュースに飛びつかせる、ということだ。
確証バイアスの厄介なところは、それが無意識であることに加えて、そもそもそれがバイアスであるかどうかもその時点では分かりにくい、というところにある。ただし、しっかりファクトを見る、エビデンスに基づいた判断をする、といった姿勢一つである程度取り除くこともできる。そのような姿勢で改めて今のマーケットを見直してみると、やはりまだまだインフレは抑制されず、利上げも終息せず、リセッションの可能性は高まっている、ということになるのではないかと考えている。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)