インフレの現場を歩く
9月もインドネシア中銀による政策金利の引き上げが決定された。今回の引き上げ幅は0・5%と、前月8月の引き上げ幅の倍。市場でも若干のサプライズをもって受け止められたが、中銀が今後のインフレ率上昇に強い懸念を持ち始めていることの証左と理解すべきであろう。
先日、インドネシア人の同僚にお願いして、ジャカルタ特別州内のパサール(伝統市場)に連れて行ってもらった。9月初の燃料価格引き上げ以降、庶民の生活を支えるモノの価格がどれだけ影響を受けているかを垣間見ることができるかもしれないと思ったからだ。ひしめき合う店先に整然と並ぶ色とりどりの食材を見ながら、昔から変わらない風景であることを改めて実感しつつ、いくつかのお店の人たちに足下の価格のトレンドについて聞いてみた。
明らかな価格上昇があると語ってくれたのは魚介類売り場のお兄さん。漁船に使うガソリン価格の上昇を理由に、先月の燃料引き上げ発表の2日後から仕入れ価格に転嫁されたとのこと。足下は概ね1割から2割程度の上昇だが、今後もっと上がっていきそうだとかなり悲観モード。米屋のおじさんも値上がりを訴える。こちらは燃料価格引き上げと直接はリンクしていないものの、それでも過去3ヶ月で5%程度は仕入れ価格が上がったとのこと。お客さんを悲しませないために小売価格には一部しか転嫁していないと強がっていたが、それでも一部の顧客は安価なタイプのお米にシフトしてきていると話していた。
精肉店では、毎年レバラン時期に価格が上がりその後はまた下がるのが普通なのに、今年は下がらない、といった話も。こちらは売上も例年比で明らかに落ちていることから、仕入れもやや絞っているとのことで、売り場スペースもややまばらであった。一方、野菜売り場では唐辛子の価格が供給不足で高騰していたところ、先月ごろから供給が戻って価格は逆にだいぶ下がってきたとのこと。需給関係により商品ごとの価格トレンドにも跛行性があるようだ。また価格が上がっていた時期には、仕入量も減らさざるを得なかったとのことで、今後さらに価格上昇が進んでいくと、彼らのような個人事業主が運転資金の制約とそれに伴う機会損失に直面する度合いが高まっていくのではないだろうかと感じた。
やや社会科の自由研究のようになってしまった。これらの情報はあくまでも局地的な定点観測に過ぎないので単純には一般化できないかもしれない。コロナ期間中にパサール離れが進み、より感染対策の行き届いたスーパーマーケットに顧客がシフトしたとの話も聞くので、売上低迷についてはそちらの方が主因なのかもしれない。ただそれでも日々の生活に欠かせないモノの値段が明確に上昇トレンドであることは改めて認識できたし、おそらくは今後インフレが進む中で需要と供給の双方が抑制されていくケースが増えることも容易に想像がつく。
この国の個人消費の国内総生産(GDP)に占める比率は50%を超えており、他国との比較でも相応に高い水準だ。経済全体ではまだコロナからの回復が続いてはいるが、その行き着く先は単純にコロナ以前の状態への回帰ではなく、インフレ下で経済成長が抑制される状態への移行、ということになるのかもしれない。
(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)