想像される価値

 世界的なインフレと金利引締が進む中で、金融市場ではリスクオフ・モード(リスクを回避しようとする動き)が強まっている。高止まりする資源価格を尻目に、株式、債券をはじめとして様々な金融資産の価値も下落したが、一時期、脚光を浴びた仮想通貨(暗号通貨、またはクリプト・カレンシー)もその例外ではない。代表的な仮想通貨ビットコインも年初来対ドルで50%超の下落を記録した。仮想通貨はもともとリスクオフのタイミングでは売られる傾向が強かったが、足元いくつかの仮想通貨関連企業で経営難や不正事案が相次いでいることも今回の価格下落に拍車をかけている。
 仮想通貨はブロックチェーン等の技術的裏付けをもとに、中央銀行のような特定の管理者を有さない分散型の決済手段として普及が進んできた。当初は決済手段としての優位性がクローズアップされたが、投資や資金調達の手段としての活用が拡大し、主要な仮想通貨の時価総額も50兆円を超す規模にまで成長している。経済規模の小さい国であれば、ここまでの資金量を自国通貨で流通させることは難しいので、仮想通貨が国家のお墨付きを得ている法定通貨よりも高い価値を獲得し得る、ということになる。エルサルバドルのようにビットコインを国の正式な法定通貨として認めているケースさえある。
 通貨の価値は人々の想像の上に成り立っている。仮想通貨の場合は「将来決済通貨として主流になるだろう」といったような人々の想像力をもとに資金が流れ込み価格が上がる。仮想通貨に対する期待は、例えばフェイスブックによる仮想通貨リブラといったような話題性のある新規参入のニュース(今年1月に撤退を決定)などによっても左右される。過去数年で一気に進んだ電子マネーの浸透は、仮想通貨でなくても銀行システムを介さない決済手段に拡張性があることを人々が認識したという意味において、仮想通貨に対する期待値にも影響を与えているだろう。また法定通貨であっても、それぞれの国の経済状況や信用力によって価値が上下するのは、人々の期待値が変化することによって起こっているとも言えるだろう。
 角度を変えて考えてみると、法定通貨の前提となっている国家という存在も、人々の想像力の基に成り立っていると言える。近代以降の国民国家は「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)とも表現されるように、共通言語、教育制度、官僚制度、マスメディア等の整備・発展により、人々が国家という存在を「想像する」ことによって成立してきた。たまたまオランダの植民地領土を引き継いで建国したインドネシアが独立後の歴史の中で国家としての体裁を整えてきたのもこのプロセスであるし、逆に欧州連合(EU)のようにいったん想像された国家の枠を、地域統合によって一部組み替えていくことでEU市民という新たな想像力を喚起してきたようなケースもある。
 国家にしても通貨にしても、人々による期待値が変化していく中で、その想像力が風雪に耐えうるかということをよく見ておきたいと思う。仮想通貨の価値が今後どのように推移していくかは一つの興味深いケースとなろう。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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