戦略的あいまいさ
各国中央銀行の政策金利引き上げラッシュが続いている。いよいよ東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国の中でも、利上げをしていないのはインドネシアとタイの2カ国のみとなった。6月23日のインドネシア中銀の政策決定会合は利上げを判断する機会ではあったが、このタイミングでの利上げは見送られ、政策金利は3・5%に据え置かれた。
しかし、これまでの会合と明らかに異なっていたのは、会合後の声明文に「公開市場操作の実効性を強める」との短い一文が入っていたことだ。この一文は非常にあいまいで、これだけだと具体的に何をしようとしているのかわからない。公開市場操作とは、ややテクニカルになるが、中銀が債券を担保に市中銀行に資金を放出したり吸収したりすることで、伝統的な短期金融市場の操作手法だ。現在、政策金利は3・5%に固定されてはいるが、これまでコロナ下の市場安定等の目的から、1週間を超える期間の短期金利はこの3・5%よりもやや低めに誘導されてきた。
そして今回のこの声明にある「実効性を強める」ことが、期間1週間超の金利水準を引き上げることを狙ったものではないかとの見方も出てきている。もしそうだとすると、これは実質的な利上げと同じ効果をもたらす可能性がある。利上げとの唯一の違いは、それがニュースになるかどうか、つまりアナウンスメント効果を伴うかどうかであろう。
ではインドネシア中銀の狙いはなにか。コロナ後の景気回復を支えるのが引き続き政策的な優先課題なので、企業投資や個人消費のセンチメントを冷やすことは避けたい。しかし、金利はある程度は上げていかないと、外国人投資家のポジションを中心にいつルピア売りが加速するかわからない。ルピアが売られると輸入財の価格上昇によるコストプッシュ・インフレ(マクロ経済的にはたちの悪いインフレ)を招くリスクがある。したがって、敢えてあいまいな表現を使って、目立たないように金利を引き上げる、または来るべき利上げに向けて地ならしをする、といったところであろうか。
あいまいなコミュニケーションは、政府の政策やビジネスのあらゆる場面で使われる。多くの国で見られるように、大枠だけを決めた法律や規制を打ち上げておいて、細則はあとから、というのもこのアプローチだろう。少し違った観点だと、外交の世界などで使われる「戦略的あいまいさ」は敢えて物事の白黒をあいまいにし続けることで交渉上の柔軟性を確保するアプローチだ。
しかし当然ながら、あいまいさは柔軟性を確保しているように見えて、時に危うさもはらむ。自分たちが「戦略的」なアプローチと思っていても、受け取る側が期待通りに解釈してくれるかはわからない。そしてこのアプローチのリスクは、時間が経過すればするほど様々な憶測や反応を引き起こしやすくなるというところにある。今回の場合だと、時間が経つにつれて市場参加者の間で、利上げのスピードが遅いルピアのポジションは売っておこうとか、中銀が実質的に金利を引き上げているのは景気よりインフレ抑制を優先しているからなのではないか、などといったような受け止められ方をする可能性があるということだ。
その意味で、インドネシア中銀にとって利上げをするかしないかのスタンスを明確にするタイミングが遠からずやってくると考えられる。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)