資源の呪い
先月19日、インドネシア政府よりパーム油の禁輸措置の解除が発表された。当初導入時は国内外で驚きをもって迎えられたが、価格高騰を受けた国内供給分の確保に主眼があったため、結果的には1カ月のみの短期措置となった。
これに比べるとやや取り上げられ方は小さかったが、ほぼ同じタイミングで、ボーキサイトと錫(すず)鉱石の輸出禁止を本年中に開始する旨が発表された(いずれも未精製・未加工鉱石の禁輸)。すでに昨年11月にジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領より2022年にボーキサイト、23年に銅鉱石、24年に錫鉱石の輸出禁止のロードマップが示されていたことから大きなサプライズはなかったが、錫については1年前倒しでの実施となる。昨年1月から禁輸措置が開始されたニッケルも2年前倒しでの実施であったから、現政権によるこれら措置への本気度がうかがわれる。
これら鉱物資源の禁輸措置は先般のパーム油のそれとは目的が異なる。そしてそれは「資源の呪い」との戦いとでも呼べるであろう。資源の呪い(「オランダ病」とも呼ばれる)は、天然資源に富む国の方がそうでない国よりも経済発展や政治的安定に遅れをとる傾向があるという一見逆説的だが経験則的な学説。例えばアフリカだと資源の持てる国(ナイジェリア、アンゴラなど)が持たざる国(エチオピア、ボツワナなど)に政治経済の両面で劣後する状況を説明するのに使われたりする。
この経験則を肯定する因果関係は次のようなものだ。資源に富む国は、資源輸出によって短期的により高いリターンを上げられるので、インフラ整備や産業育成への投資が後回しになる。資源輸出は自国通貨の実質的な価値(為替レート)の上昇をもたらし、非資源産業の輸出競争力は更に削がれる。資源収入は国際市場価格に連動するので変動しやすく自国経済も浮き沈みが激しくなる。資源産業はさほど雇用吸収力がないので所得格差が生まれやすくなる。人々は生産性を高めることよりも資源収入というパイを取り合うことに集中するようになり利権の奪い合いによる政治的混乱に陥りやすい、等々。
もちろんこれらの因果関係は常に成り立つわけではなく(オーストラリアは例外の代表例だろう)、どの国もこれに対抗しようとする。インドネシア政府が進めている保有資源の川下産業育成はその基本戦略の一つと言えよう。ただこれには時間も忍耐も要するので、一定期間以上の一貫した政治のリーダーシップがないとうまくいかないのも事実だ。
インドネシアも、通貨危機以降の2000年代前半は政治的混乱と経済低迷が続き、手っ取り早い外貨収入である資源輸出への依存度がかなり高くなったが、この時期の政治改革や産業政策の基盤づくりが功を奏し、2010年代には中国の成長鈍化や資源高の終焉で資源依存度が低下する中でも、安定的な経済成長を維持することができた。インドネシアは2030年まで人口ボーナスを謳歌できるが、その前提は毎年2百万人以上増加する労働力を吸収できること。足元では資源高で貿易黒字も拡大、鉱物資源の開発を担う国有企業も業績・株価とも堅調だ。今このタイミングで川下産業を育成し、資源の呪いとの戦いでなるべく時間を稼ぎたい、というのがこれら禁輸前倒しを次々に繰り出す政府の本音であろう。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)