また増えたインフレ要素
ウクライナ情勢が、予想を超えて進展してしまった。ロシア軍によるウクライナ首都・キエフを含む要所への軍事侵攻という最悪の事態に発展している。ロシアは平和維持目的での派兵と発表しているが、実態は欧米との衝突も辞さない形で歩を進めつつある。西欧諸国としては、G7(主要7カ国)を中心とした外交交渉と、ドル取引からのロシアの締め出しを目的とした経済制裁交渉を軸に動いているが、もとは旧ソビエト連邦解体に端を発する対立だけに、両者の遺恨の根は深く解決に時間を要する可能性が高い。
この大きな地政学リスクと時を同じくして、2022年の「20カ国・地域首脳会議(G20サミット)」議長国であるインドネシアで、最初の大型イベントであるG20財務相・中央銀行総裁会議が開催された。インフレ対策などの経済トピックスが議論の中心なのだが、冒頭のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領からのメッセージでは、「各国は協力すべき時であり、ウクライナ情勢など地政学的な緊張を生み出すべき時ではない」との主張がなされた。以前、日本の役所の方から、「G7と違って、G20は参加メンバーの多様性から議論が拡散しがちで、まとまった行動をとるのが難しい」、という話しを聞いたことがある。今回、私もごく一部だけイベントを傍聴させてもらったが、各国の立場の違いが大きく、G20の場で協調した具体策に踏み込む難しさを感じた。
話しを本題に戻すと、インフレ対応という面では、冒頭のウクライナ情勢の緊迫は、以下の2つの要素から、着実にインフレ懸念に繋がる。
一つは、ウクライナ関連でよく取り上げられる、欧州向けの天然ガス・パイプラインの影響である。欧州は天然ガスの4割をロシアからの輸入に頼っており、このうち8割はウクライナのガスパイプライン経由とされる。ここが詰まると、エネルギー供給面で欧州への打撃は大きく、電力価格上昇等としてインフレに跳ねる。既に原油価格は100ドルを超えてしまった。
加えて、もう一つインフレ要素がある。ウクライナの位置する黒海周辺は、有数の穀倉地帯でもあり、世界の食料品価格に与える影響は大きい。ウクライナは、米国に次いで世界第2位の穀物輸出国で、同国周辺の「黒い土」と呼ばれる肥沃な広野は作物の収穫効率が高く、結果的に単価の低い小麦やとうもろこし等の供給に寄与してきた。これが、供給不足懸念から、小麦の先物価格の上昇に繋がっており、前年比ですでに2割も高くなっている。
人口の多いインドネシアは、実は世界有数の小麦輸入国でもあり、近年はめん類やパンの人気を背景に小麦の消費・輸入量が急増している。例えば、世界の即席めん市場をみると、中国が1位、インドネシアが2位、日本が5位の市場規模となっている。日本で「カップヌードルの小売希望価格を21円引き上げ」とのニュースが出ていたが、小麦輸入量の3割をウクライナに頼るインドネシアでも、同様の形でIndomie(インドミー)などのめん類価格の上昇として、今後効いてくる可能性があると思う。
昨年後半のインフレは、コロナ禍からの回復局面にコンテナ不足や半導体不足が重なり、需要に供給が追いつかなかったもので、足元も継続している。ここにタイミング悪くもウクライナ情勢が重なり、更なるエネルギー・食料価格の上昇が不可避となっている。確実視される3月中旬の米国利上げを前に、またひとつインフレ懸念の要素が加わってしまった。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 江島大輔)