景色が十二分に補う 寂しい要塞跡
インドネシアでの資源保護のためのサシ(Sasi)という制度について触れておきたい。これはマルク諸島で17世紀に既に始まっていた制度であり、海、川、森そして田畑から生まれる資源(動植物、魚)の保護、および住民への公平な分配を目指すもので、捕獲や採取の禁止期間を設けるという制度である。
バンダ諸島のナツメグの場合もこのサシの適用があり、3週間ほどの採取期間が終わると採取禁止となり、次に採取が認められる解禁日が来るまで待たなければならない。採取の最適月は2月、7月、10月だが、実り具合により年により若干異なるようだ。いずれにせよ、乱獲を禁じて貴重な資源を守ろうとする努力が、今でもナツメグの世界最大の生産国の地位堅持に奏功しているのだろう。
<ホランディア要塞>
次に訪れるホランディア要塞(Benteng Hollandia)は、ロンタール村の標高100メートルの丘の上に立つ。この島とネイラ島、火山島の三つの島に囲まれた海域を見渡すことができる。火山島を背にして石段を登ると、入り口が見えた。
ここの案内板の説明や他の資料を参考にすると、この要塞は、時に暴動を引き起こす恐れのあった住民を監視し、また周辺海域の船の往来をモニタリングするのが主な目的で、1624年にオランダのクーン総督によって造られた。建設に携わったのは、ジャワから連れてこられた兵士や船乗りであったという。1743年と1796年には、地震により大きな被害を受けた後、オランダはここを含めいくつかの要塞を修復したが、今は打ち捨てられたままになっている。
だが、要塞跡と呼ぶには、あまりにも寂しい。朽ち落ちた門と外壁しか残っていない。ただここを訪れる人が少なくないのは、この高台から見る色鮮やかな海と隣接する火山島の景色の良さのおかげのようだ。要塞跡の「がっかり」を十二分にこの景色が補ってくれるのだ。
姿の良いコニーデ型の火山(Gunung Api)、手前のロンタール村の家並み、その間に光る海。全て美しい。海の色は、その深さ、潮の流れ、それに定まらぬ空の色の反映によるのか、淡いエメラルドグリーン、黒味を帯びた紺色、深い緑、そして紫色も……。ひと言では表現できないほど複雑で微妙な色で迫ってくる。なんとか絵にしたいが、この海の色を出すのは難しすぎる。左下にはロンタール村。この村の名前が島の名前にもなっている。
きょう訪れた芳しいナツメグ農園、要塞跡から見た素晴らしい景色を目に焼き付けバンダネイラの宿舎に戻る。
ここがネイラ島に滞在中3泊した「Cilu Bintang Estate」。写真の左から2人目がオーナーのアバさん。島めぐりのアレンジを含め大変世話になった。趣味と実益をかねて大砲とオランダ東インド会社(VOC)時代のコイン収集をしている。今は勝手に取れなくなったらしいが、これまで集めた大砲は、彼の倉庫に保管していると言う。コインも大砲もいずれ高値で売ることを狙っているようだ。なかなかの商売人だ。(「インドネシア香料諸島(続)バンダ諸島」=宮崎衛夫著=より)