心に残る夕焼け ティドレからテルナテへ
ティドレ島のフェリー乗り場で遅れたフェリーを待っていたとき広がった夕焼けほど心に残るものはない。
前面に穏やかな波の漂う黄金の海、かなたには淡い青空の中に湧きあがった雲の峰。刻々と形を変える雲は落ちる夕日に照らされて、燃えるように彩られている。この日一日、この辺りの海と島々を照らし、全ての生きとし生けるものに活力を与えてきた太陽が、その役目を終え静かに休息の床に入っていくかのようだ。その最後の輝きのゆえ、かくも荘厳で美しいのであろうか。徐々に天地の明るさが落ちていく。 太陽の炎が水平線の向こうに隠れても、まだ黄金色に輝いている残照のなんと美しいことか。
■500年前にも夕日
1521年11月8日、かのフェルディナンド・マゼラン艦隊のマゼランの死後、エルカーノ率いる艦隊がティドレ島に到着したのも夕日が空を染める中だったとの記録が残っている。その時から500年近く時間が流れた今、ここティドレの小さな港の岸壁で、燃える夕日を眺めることができた偶然の「幸せ」を感じるひと時であった。
しばらくこの見事な夕焼けを楽しみたいと思っていたら、あっという間に夜の闇が周りを包んだ。対岸のテルナテの町には、小さな光が人恋しげにまたたき始めている。しばらくすると、やっとテルナテの港からゆっくり近づいてくるフェリーの姿が見えた。
結局フェリーに乗り込んだのは午後8時過ぎ。さすがに空腹と疲れで口数も減ったオジサン4人であった。船上から雲の合間に南十字星が輝けば最高だが、世の中、そううまくはいかない。南十字星の代わりではないが、テルナテ島の灯火の下での島の人たちの様子がしのばれるような温かい夜景を、カメラに収めることができた。(「インドネシア香料諸島」=宮崎衛夫著=より)