「国民食」で夢を追う 世界に羽ばたくテンペ 「ものづくり」の心で成功 滋賀在住のルストノさん
地元メディアで「日本のテンペ王」として紹介されるなど、国民食として庶民に親しまれている大豆発酵食品「テンペ」を滋賀県大津市で製造し、成功を収めているインドネシア人がいる。中部ジャワ州グロボカン出身のルストノさん(43)。帰郷に合わせて22日に南ジャカルタの中小企業・協同組合担当事務所で講演し、午前は日本語学科の学生に、午後はテンペ業者に対し、一つ一つの商品を心を込めて丁寧に作る「ものづくり」の心で、インドネシアでは街中にありふれているテンペでつかんだ成功物語を紹介した。(関口潤、写真も)
セミナーは若手元日本留学生のインドネシア日本同好会(KAJI)メンバーらが、「カイゼン」など日本のビジネスの精神をインドネシアでも広めたいとして立ち上げた「インドネシア日本カイゼンセンター」が主導。幹部に元日本留学生が多い協同組合・中小企業担当国務相事務所が協力して実現した。
■健康志向に合致
ルストノさんは大学卒業後、ジョクジャカルタのホテルで6年間勤務。ホテルで出会った葛本つる子さん(43)との結婚を機に、1997年に日本へ移住したが、日本へ行く前にルストノさんが決意していたのは「自分のビジネスを起こす」ということだった。
最初に住んだ京都で自転車に乗って食べ歩いて豊かな食文化に触れ、韓国発祥のキムチ、中国発祥のギョーザが定着していることを知った。インドネシア発祥の食べ物といえば何だと思いを巡らせ、インターネットなどで情報を集めていると、テンペがさまざまな効能を持っていることを知った。「これなら健康にとても気を遣う日本で受け入れられる」と確信した。
■甘い香りのテンペ
ノウハウを体得するため食品業者で3年間働き、厳しい指導の中で教わったのは「今作っているものはお客様の口に入るんだ」ということ。
退職後は4カ月間、四季のある日本でのテンペ製造の試行錯誤を繰り返し、帰郷して3カ月間、数十のテンペ業者を渡り歩いた。その中でたどり着いたのが滋賀県の山中での製造。「わき水で作ると甘い香りが漂うテンペが出来上がった」。現在は1週間に3500―5千袋のテンペを製造し、冷凍技術も改良して全国に配送している。
■世界基準で広げる
「私は『企業家』ではなく、『職人』と呼ばれたい。業種や商品よりも、働く姿勢が大事なんだ」と大学生に語り掛けたルストノさん。「お金を稼ぐというより、テンペを皆に食べてもらいたいと心を込めて作っている」と話す。
「日本は食に対して厳しい基準を持った国。だが逆に言えば、日本で通用すれば、世界のほかの国でも通用するということ」
商品名は「RUSTO'S Tempeh」。インドネシア語のつづりは「tempe」だが、英語で「テンピ」と読まれないようあえて「tempeh」とした。ルストノさんは今後も、日本で学んだ職人魂を大切にし、テンペを日本全国、そして世界へと広げていく夢を追いかけていくつもりだ。
■「未来の食べ物」
ジャカルタのセミナーではメキシコ人のルイサ・ベレスさんも講演した。
ルイサさんはジョクジャカルタへ観光した際にテンペに出合った。その後、ルストノさんの日本での成功をウェブサイトで知り、自分でテンペを作ろうと思い浮かんだ。今年6月に主要20カ国・地域(G20)首脳会議でメキシコを訪れたユドヨノ大統領にも紹介されたという。
ルイサさんはチーズケーキにテンペを使うほか、メキシコ料理との組み合わせにも挑戦。「おいしいだけでなく、健康に良い。テンペはインドネシアから世界へ贈られた未来の食べ物」と述べ、テンペが世界で通用する可能性を力説した。
ルイサさんのようにテンペをさまざまな料理に使用すればビジネスの可能性が広がるとして、セミナーを企画したKAJIのメンバーらは、ルストノさんがインドネシアに帰郷している10月初めまで、テンペの創作料理のレシピを募るコンテストを行っている。
◇RUSTO'S Tempeh
「RUSTO'S Tempeh」は各地の食材店やレストランなどで取り扱っているほか、全国への配送も受け付けている。個人で購入の場合は250グラムで350円。販売店舗や配送方法の詳細は葛本さん(電話077・535・0286)まで。倉庫(住所・滋賀県大津市八屋戸2217―10)でも購入できる。