【ジャカルタ知事選 三つどもえの戦い(上)】元軍人のスター登場 下町に響く黄色い声援 ユドヨノ氏長男 アグス氏
ジャカルタ特別州知事選は15日の投票まで1週間に迫った。現職のアホック氏(50)、ユドヨノ前大統領の長男アグス・ハリムルティ・ユドヨノ氏(38)、前教育文化相のアニス・バスウェダン氏(47)が立候補し、三つどもえの選挙戦を繰り広げている。2019年の大統領選の前哨戦とも位置付けられる知事選。支持拡大に奔走する3候補の動きを追った。
1月中旬、東ジャカルタ区チャワンの集落に「アグス氏歓迎」の横断幕と小さなステージが設けられた。午前9時半、アグス氏が登場すると、「キャー」と黄色い声援が響く。
「ジャカルタを変えるチャンスが今、私たちの目の前にある」。ステージ上で訴えた後、観衆に向かってTシャツや帽子などのグッズを投げると、集まった約100人の主婦らは競うように手を伸ばした。
選対広報の1人はアグス氏のパフォーマンスを「ロックスターのよう」と表現する。時には、観衆に向かってステージ上からダイブすることもある。
前大統領の長男でエリート軍人、長身に端正なルックス。立候補締め切り直前に民主党などが擁立を決めた新顔は、「ダークホース」としてすぐに注目を集めた。
村々を練り歩き、市民に政策を訴える「どぶ板選挙」の手法が功を奏しているとの見方もある。選挙手法は、独立を目指して市民と共に戦ったスディルマン将軍のゲリラ戦からヒントを得て「フィールド・ゲリラ」と名付けた。「小さな勢力が、競争相手の巨大勢力に打ち勝つためのゲリラ選挙戦」。陣営の広報担当で民主党のリコ・ルストンビ氏(49)は、そう説明する。
アグス氏が握手して回る横を、リコ氏は常に付き添って歩く。7日までに670カ所以上を巡った。「競争相手が弱っている時にゲリラを展開する」(リコ氏)との言葉通り、コーラン侮辱発言を受けた現職の失速もあいまって、ムスリムの間で支持を拡大。昨年末には各世論調査で軒並み首位に躍り出るなど、見る間に頭角を現した。
資金集めやイベント設営に協力するボランティアの1人、ブヤ・アジス・アルボネさん(35)は日刊紙ラクヤット・ムルデカの編集委員。「同じ世代の若い人にリーダーになってほしい。政治経験がない分、汚職もないだろう」とアグス氏に期待を寄せる。
軍で16年間キャリアを積んだ同氏の資質を評価する声もある。選挙ボランティアのルスリさん(44)はアグス氏の「カリスマ性」に期待。「ジャカルタには毅然(きぜん)たる軍人(のリーダー)が必要」と話す。
目玉政策の一つは、父・ユドヨノ政権が打ち出した、貧困層への直接現金給付制度(BLT)。アグス氏は1世帯当たり年間500万ルピアを支給すると掲げた。さらに、約2700ある町内会(RW)の全てにそれぞれ年間10億ルピアを支給すると約束。政策は注目が高い一方、「票目当てのばらまきだ」などの指摘も出ている。
軍のキャリアを捨てて政界入りを目指すアグス氏は昨年9月23日、「簡単ではない選択だった」と目に涙を浮かべながら出馬表明した。スローガンは「市民のためのジャカルタ」。「庶民の味方」をアピールし順調に支持を伸ばす一方、ことしに入り、公開討論会後の失速や副知事候補の汚職問題など不安要素が目立つ。「ゲリラ」選挙戦は、庶民票の獲得につながるか。キャンペーン最終日の11日まで、有権者に訴えかけて回る。(木村綾、写真も)(候補者番号順、つづく)