【火焔樹】 遠く離れた海で
古くから木彫の村として知られるギアニャール県マス村。父親が経営する木彫のギャラリーで働くクトゥットさんは最近、カリブ海をめぐる客船でのバーテンダーの仕事を終え、故郷に戻ってきた。
高収入を求めて外国の客船で働くことはここしばらく大きなブームで、彼の周辺でも五十人ほどが船で働いているという。彼らが休暇で帰国するのは一年に一回、残した家の仕事を片付け、自宅の寺の祭礼を済ませるとまた出かけて行く。
マス村の木彫技術は親から子へと引き継がれ、独自のスタイルを発展させてきた。クトゥットさんも学校から帰ったら真っ先に父親の工房に入り、見よう見まねで木を彫ってきた。
しかし今の時代、子どもたちは遊びや塾通いに忙しく、若者は家業を継ぐことより船の仕事に憧れる。そんな姿を見てクトッゥトさんは去年を最後に船の仕事は辞め、父親とともにギャラリーを営むことにした。「目の前の豊かさを求めるあまり、バリを有名にした伝統文化が失われる」というのだ。
しかし船の仕事でクトゥットさんが得たものはお金だけではない。時間を守ることの大切さ、与えられた仕事を一生懸命こなすことを学んだそうだ。これからの活動の大きな助けになるに違いない。
デンパサールには客船乗務員養成学校がいくつもある。バリ人は愛想が良く、真面目に働くと評判もいいそうだ。バリ島から遠く離れた海で、今年も大勢のバリ人が乗客とともに新年を迎えたことだろう。この中からクトゥットさんに続く若者が出てくるのを楽しみにしている。