【火焔樹】 ふぞろいの花火
大晦日の晩、中央ジャカルタの独立記念塔(モナス)広場を訪れると、新年を祝おうと集まった大勢の人でごった返していた。例年、モナス広場や北ジャカルタのアンチョール公園は花火を楽しめるスポットとしてにぎわう。今年も例に漏れず、モナスには老若男女が詰めかけていた。
そんな中、いい写真を撮ろうと、うろうろ歩きながら花火のピークを待っていた。一番の山場は年が変わる午前零時と見当を付けていたが、意外なことに終わってみれば、なぜかその三十分前くらいが一番盛んに打ちあげられていた。
いったいなぜ?
よくよく広場を観察すると、花火を上げている人は花火職人でも会場の関係者でもなさそうな、市井の人々である。誰もが自由きままに花火を打ちあげているため、ついつい先走って盛り上がろうとする人たちが多ければ、おのずとピークの時間帯が早くなるのだ。
だからモナスの花火は、輪の色や大きさ、打ち上げのタイミングもすべてがふぞろいだ。しかし、よく言い換えればそれは市民参加型の花火大会ならではである。「キラキラ(だいたい)」と称される国民性の一端を、不規則に咲く闇夜の大輪に見た。花火の使用ルールが会場で定められていないので、少しの危険はあるのだが。
帰り道、モナスにつながる目抜き通り沿いは、帰宅する人々であふれていた。なぜ一カ所に集まっているのかと思っていたら、中型の乗り合いバスがやってくると、我先にと一斉に駆け込み乗車。こちらは息が見事にピッタリ。うーむ、インドネシアの人々の行動は奥が深い。(岡坂泰寛)