【ポスト・ユドヨノを読む】(11)ジョコウィ氏の静かな革命 IT駆使の市民参加型政治
大統領選挙の終結は憲法裁判所の判決を待っているものの、ジョコウィ氏は政権発足に向け着々と動いている。新大統領の下で、どのような政治運営のビジョンが議論されているのか。そこから浮き彫りになる「新しい政治」の挑戦について考えてみよう。
兆候は、レバラン明けの8月4日に立ち上がった「移行チーム」にはっきり現れた。このチームはユドヨノ政権からの移行をスムーズにするために作られた。ジョコウィ氏の下に5人のスタッフが配置され、彼らが中心となって2015年度の国家予算や政策課題の引き継ぎなどをユドヨノ側と協議することが、チームのミッションである。ここを拠点に、10月20日の就任式までに、ジョコウィ氏が打ち出す政策の構想を分野別に具体化する作業部会をいくつか立ち上げる予定である。例えば社会保障、外交、インフラといった部会ができる。各部会で出たビジョンを移行チームがまとめ、現政権とすり合わせをする。こういう仕組みである。
■移行チーム5人の構成
これに驚いたのが、ジョコウィ氏が所属する闘争民主党の幹部たちだ。チームの中に党の有力者が一人もいないのである。メガワティ党首の側近が2人入っているが、党内基盤のない人たちで、彼女の付き人のようなものである。残りの3人のうち、2人は党の外の人、1人はジョコウィ氏の右腕である。党幹部はすぐに集まり、これはどういうことかと次々に不満をぶちまけた。「擁立した大統領の肝心のスタート時に、党の政策ビジョンを反映出来る人がチームにいないのは大問題だ」という意見が圧倒的だった。
しかしこれこそ、ジョコウィ氏が変えようとしている政治の体質である。国家のリーダーが党利党略に縛られてきたからこそ、国会対策や利権分配ばかりに関心がいき、国民のための政治が疎かにされた。この悪習から脱却する。これがジョコウィ氏の発想である。党とはメガワティ氏と繋がっていれば、それで十分。あとは行政のやるべき仕事に専念する。ソロでもジャカルタでも、そういうリーダーシップで支持も得てきた。このスタイルを全国を舞台にやるだけである。
政党政治ではなく、市民の草の根参加型政治。これが彼の目指すインドネシアの「新しい政治」だ。その原動力はボランティアである。ジョコウィ氏は大統領選の終盤、全国で100万人ともいわれるボランティアの末端での奮闘のおかげで当選した。選挙が終われば解散が普通であろう。しかしジョコウィ氏の考えは違った。むしろ、これから政府とボランティアの協働が始まる。ボランティア組織の代表が集まった席で、彼はそう説明した。
■原動力はボランティア
構想では市民ボランティアが、政策現場の末端の情報を大統領直轄のオペレーションルームに直接上げる。修繕が必要な学校、医師のいない診療所、壊れた橋や道路、役所の職権乱用など、行政現場の問題を市民が写真でアップロードし、オペレーションルームがそれを集約し、GPS情報から地域トレンドを解析し、大統領や関係大臣に分析が直接届く。必要に応じ大統領や大臣がその現場を「抜き打ち視察」し、改善の指令を出す。ソロやジャカルタで行ってきた抜き打ち視察は、IT技術を駆使することで全国レベルでも実行可能だと彼は確信する。常に国民の監視の目があり、それが大統領と直接リンクする情報の流れを構築することで、行政機関の仕事に取り組む姿勢も変わる。これが彼の目指す「メンタル革命」であり、壮大な実験となろう。
いま、ボランティア活動を各地でリードしているのは、80年代、90年代に民主化運動に携わった人たちである。彼らの多くは、スハルト退陣後に運動から引退した。あれから16年が過ぎ、ジョコウィ政権の誕生に伴い、彼らは市民ボランティアの中核となり、新しい国家ガバナンスを構築しようとしている。
トップダウンで利権を分配することに没頭してきた政治と決別する。逆に有権者の信託を大事にし、末端からのボトムアップで政策の優先順位を決め、政治が決断する。その静かな革命に向けたジョコウィ氏の戦いは始まったばかりである。(本名純・立命館国際関係学部教授)