【ポスト・ユドヨノ時代を読む】(8) 民主改革の前進か後退か 大統領選が問うもの
大統領選の選挙キャンペーンが4日にスタート。7月9日の投票日に向け、ジョコウィ陣営とプラボウォ陣営は、候補者の売り込みを繰り広げている。世論調査の多くは、支持率の差が縮まりつつあり、接戦が予想されると解説している。では、仮にプラボウォ陣営が逆転勝利を収めたとしよう。プラボウォ政権はどのような性格を帯びるのか。それを考えることで、この選挙がインドネシアにとっていかに大事な選択になるかを浮き彫りにしてみよう。
プラボウォ政権なら
五つの政党の連合がプラボウォ=ハッタの正副大統領候補を擁立し、2人は各党と密接な関係にある社会組織の支持を受けている。これらの勢力が、プラボウォ氏の勝利に最も貢献したとして、優遇されることになる。それはどういう人たちか。
まず人権侵害の容疑者たちである。プラボウォ自身が過去に反政府活動家の拉致監禁の責任で軍籍を剥奪されたのは有名だが、その拉致部隊にいた「お仲間」たちも彼のグリンドラ党や、連立に加わる開発統一党などにいる。こういった退役軍人たちは陸軍特殊部隊の出身者が多い。この特殊部隊は、スハルト時代に秘密工作を専門にしてきた。言ってみれば、旧体制における政治弾圧の担い手であり、人権侵害のシンボルである。その人たちがプラボウォ陣営で選挙を支えている。
民間のプレマンたちもプラボウォ支持で動いている。あのヒット映画「アクト・オブ・キリング」に出てくる「パンチャシラ青年団」や、イスラム擁護の名の下で暴力的なデモ活動を各地で行う白装束の集団「イスラム防衛戦線」、さらにはジャカルタの土着民族の利益保護を訴える名目で威嚇行為を繰り広げる黒装束の「ブタウィ統一フォーラム」。これらは皆、毎年何件も暴力事件を起こしているものの、ユドヨノ政権の対応は弱腰だった。プラボウォ政権になれば、彼らは今まで以上に存在感を増すであろう。言論や政治活動の自由は、相当侵害される可能性が強い。
疑惑持ちの党首ずらり
汚職への取り組みも今以上に鈍くなろう。そもそも、プラボウォ個人の企業が石炭や森林や製紙業界に多数あり、公職に就けば利益相反は目に見えている。
しかも、彼の選挙陣営は疑惑の人たちが牛耳っている。例えば、プラボウォ支持を真っ先に表明した開発統一党の党首で元宗教相のスルヤダルマ氏は、巡礼預金不正流用の疑惑で容疑者に認定されている。ゴルカル党のバクリー党首も、自らの財閥に絡む汚職や脱税疑惑、さらにはシドアルジョ県の泥噴出事故の補償問題などを抱える。同じく福祉正義党の党首アニス・マッタも贈収賄疑惑が後を絶たない。
もちろんジョコウィ支持の政治家たちが全てクリーンなわけではないが、支持政党の党首がこぞって「疑惑持ち」というプラボウォ陣営は、やはり異様である。選挙に勝ったら、こういう党首たちが影響力を持つことは明白で、それに伴い汚職への取り組みが骨抜きになることは想像に難くない。
人権侵害や暴力、汚職といった問題に寛容になることで、インドネシアの過去16年の民主改革が大きく後退する可能性がある。実際、先の総選挙でバクリー氏がゴルカル党のキャンペーンで訴えたことは、スハルト時代のロマンティシズムだった。いわば確信犯であり、彼がプラボウォ政権下では最大与党のボスとして影響力を保持する。
もちろん有権者の投票基準は様々で争点も多々あろう。しかし、権力闘争の力学から見て、確かなことは一つである。それは民主改革の後退か、それとも更なる前進を期待するのか、重大な岐路に立っているということである。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)