スハルトよみがえるか 格差拡大、懐古のたね

 故スハルト大統領の「子どもたち」が大統領選で連合を模索している。あの時代を懐かしむ空気の背景には所得格差の拡大がありそうだ。(吉田拓史)

▼実業政治家、縁故で富
 5日午後、西ジャワ州ボゴール。バクリー・ゴルカル党首とプラボウォ・グリンドラ党最高顧問は記者団の前で笑顔を見せた。「私は気にしないし、プラボウォ氏も気にしない」。バクリー氏は自身が副大統領候補に甘んじる可能性を否定しなかった。
 2人は「スハルトの子ども」。プラボウォ氏は政権を支えた経済学者スミトロ氏の長男。次男ハシム氏は国内有数の実業家で、プラボウォ氏自身も多数の企業を所有するという。バクリー氏はスハルト時代の非華人実業家育成で財閥を拡張し、改革時代は商工会議所会頭から政治家に転身した。両者とも「実業政治家」なのだ。
 英経済紙「エコノミスト」が3月に特集した「縁故資本主義指数」でインドネシアは10位だった。マレーシア3位、シンガポール5位と縁故主義が強いが、タイは16位と低く、日本は21位だ。スハルト時代の縁故主義が温存されているとの見方もできる。実際、先月末の国営航空会社株の民間譲渡には「実業政治家」が集まり、民主党の支援者と言われるハイルル・タンジュン氏が入札で勝った。「払い下げ」の時代は富が偏りやすいのかもしれない。
▼格差を集票に換える
 「わたしの時代が良かったでしょう」。昨年からこううたうTシャツ、看板が街頭で目につくようになる。先月5日の選挙演説でスハルト次女のティティック氏は「あの時代が良かったでしょう」と群衆に訴えた。スハルト時代の翼賛機構を基にするゴルカル党は、中央からの予算分配を約束した村落法とともに、この標語を票田の地方の農家、漁民に売り込んだ。標語には続きがある。「私の時代、ガソリンはリッター700ルピア、コメはいくらだったでしょうか」。党の要人も歩を合わせる、「父は農民のことを気に止めていた」(ティティック氏)「購買力は2倍に増えたが、物価は5倍に」(バクリー氏)。懐古は常に庶民への同情を売り込む。
 昨年から標語が一定の支持を得た背景に、所得格差の拡大がありそうだ。所得格差を表すジニ係数は「スハルト後」上昇を続ける一方、国内総生産(GDP)の成長は安定的だ。消費者金融の普及で電化製品やオートバイを買えるが、物価上昇や補助金削減で豊かさの「実感」を持たない人が多い。地方の農家は輸入品との競争が難しい。貧困率は落ち続けたし、BPSが5日に発表した2月の労働力調査では失業率も5.7%に落ちた。しかし、労働法規外の「インフォーマルセクター」で働く人は全体の6割超に上り、雇用の質が低いのが実態だ。 
 3年前のインドバロメーターの世論調査で「もっとも良い政治体制は」の問いに「スハルト時代」と答えたのは40.9%で最大。「心地よかったあの頃」を懐かしむ空気が迫っている。


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