大統領選の焦点 ジョコウイ氏ビジョン語れるか
■2候補の差縮まる
いよいよ次は7月の大統領選挙。ここにきて人気上位の大統領候補2人、ジョコウィ氏とプラボウォ氏の支持率の差が縮まりつつある。信頼できる世論調査の最新の結果が5月4日に発表されたが、それによると、二人が一騎打ちの場合、ジョコウィ支持率は昨年12月の段階で62%だったものの、今年3月には56%、そして総選挙後の4月14日の調査では52%まで下降し、逆にプラボウォ支持率は23%、26%、36%と上昇している。なぜ差は縮まっているのか。ジョコウィ氏は楽勝だったはずではないのか。
■キャンペーンは失敗
「キャンペーンは完全に失敗だった」。ジョコウィ氏の特別補佐は先の総選挙を嘆く。ジョコウィ氏を擁立する闘争民主党は、彼をキャンペーンの先頭に立たせず、遊説先でも彼の国家観や政策ビジョンを語ることを禁じた。政策議論は党内コンセンサスを得てから、との理由であるが、おかげでジョコウィ氏の演説は「党に勝利を」とか「一致団結しよう」とか、誰でも言えるような初歩的なアピールに終始してしまった。おまけにテレビコマーシャルも、ジョコウィ氏が出て訴えるものではなく、メガワティ党首の娘で党の選対部長のプアン氏を全面に出す退屈で「お呼びでない」ものを使い、有権者をしらけさせた。
ジョコウィ陣営は、こういう「キャンペーンの失敗」を、総選挙で闘争民主党が大躍進できなかった理由として説明する。もっとジョコウィ氏の好きにやらせていたら、党の目標だった27%の得票率は実現できたと、陣営は主張する。そうかもしれない。だが「ジョコウィ効果」が大方の予想より小さかった理由は、それだけではない。党もメディアも世論調査も認識しきれていなかった大事な現実があった。それは、総選挙の主役はジョコウィでもプラボウォでもなく、国会や州議会や県・市議会の議席を争う全国20万人の議員候補たちであるという現実だ。
■現実は議員の選挙
彼らは地縁や血縁、その他ローカル・ネットワークを駆使して、一年前から準備してきた。様々な集会に顔を出して寄付金を出し、自分こそが地元に有益な候補であると訴えてきた。総選挙は候補者間の戦いであり、他党候補者はもとより、同じ党の候補者さえも競争相手だ。大統領候補が誰だではなく、自分の人気を固める。これが議員候補者の行動原理となった。その結果、有権者も党よりまず候補者を考え、より魅力的な候補者に票が集まった。ここに闘争民主党の計算が大きく外れた理由があった。「ジョコウィを大統領に」と言うだけで、地元の発展ビジョンを語れない議員候補は、各地で総スカンをくらったのである。
■有権者の失望
この選挙期間中、晴れて大統領候補となったジョコウィ氏が何を語るのか、どのようなビジョンを示すのか、それを聞きたいと期待していた有権者は多い。それがなかなか出てこないため、多くの人が失望感を持つようになっている。また、選挙後も、複雑な与党連合形成の模索にジョコウィ氏も労力を注がざるを得なくなった。昔ながらの政治ゲームに彼が精を出せば出すほど、既存のエリート政治を超えた天性の庶民派リーダーとしてのオーラが薄まっていくというジレンマさえ抱えている。
■プラボウォ氏の強さ
このマイナス・スパイラルが世論調査でのジョコウィ支持率の低下をもたらしている。他方、プラボウォ氏はなりふり構わず大統領への野望むき出しで、がむしゃらに支持を訴える。無茶苦茶だが政策ビジョンを怒鳴り散らし、強いインドネシアを作るために自分について来いとアピールする。その姿に、少しずつ有権者の支持が高まっていることを世論調査は示している。
大統領選挙までのあと2カ月で、二人の支持率の差はもっと縮まる可能性がある。今こそ、ジョコウィ氏は自らの言葉で大統領への意欲を語り、ビジョンを掲げ、天性のオーラを取り戻す必要がある。
それができなければ、7月の選挙で敗北はないにしろ、苦戦を強いられるであろう。その苦戦は、彼の政権運営において大きな負債となってのし掛かってこよう。
(本名純・立命館大学国際関係学部教授)