【火焔樹】「4人じゃなく5人です」
バリ島で7人の日本人女性ダイバーが遭難した事故を日本のメディアと一緒に取材した。97年にスラウェシ島で5人の日本人ダイバーが遭難したときも現地に行った。インドネシア人ガイドは生還したが、5人は行方不明のまま捜索が打ち切られた。
だから今回も救出は難しいと思っていたし、3日目に「4人生存」の第一報が入ったときも「嘘だろう」と疑った。捜索を続けている日本人ダイバーたちの拠点がある海岸に急行すると「4人じゃなく5人です。我々の仲間が見つけたので間違いありません」と目を赤くしたダイバーが教えてくれた。
1人はヘリコプターで、4人は船で運ばれる。海岸には近所の住民や観光客ら数百人が集まり4人の生還を待った。私は知らない人から「よかった」「おめでとう」と声を掛けられ、握手を求められた。船から担架で救急車に運ばれるときはお祭り騒ぎのようだった。
救出劇には「何としても助け出すぞ」というダイバーたちの強い意志があった。遭難直後から手分けして捜索に出たり、資金を集めたり、日本人会や日本の仲間にも協力を求めた。そんなゴトンロヨン(相互扶助)が実を結び、5人の命を救った。(紀行作家・小松邦康)