復讐の連鎖、断ち切れるか
昨年9月、中部ジャワ州ソロ市の路上で、国家警察対テロ特殊部隊(デンスス88)と銃撃戦の末に死亡したファルハン容疑者は当時19歳だった。市内で相次いだ警察詰め所の襲撃に関わったとし、追われていた。
イスラム過激派の父、義父はともに活動中に死亡、逮捕された。ファルハン容疑者は幼い頃から社会や当局に憎しみを募らせ、過激思想に目覚めたとされる。
父スタルノ容疑者は1999年、アブ・オマル容疑者=2011年に武器密輸で逮捕=とともにマトリ・アブドゥル・ジャリル国防相(当時)を襲った後、逃走中に奪おうとしたバイクの持ち主に殺害された。
当時6歳のファルハン容疑者はアブ・オマル容疑者に養子として引き取られた。オマル容疑者から影響を受け、フィリピンからの武器密輸など過激派の活動に参加するようになっていったという。
元デンスス隊長のムハマド・ティト・カルナフィアン氏(現パプア州警本部長)はテロが過激な思想だけでなく、個人的な憎しみから引き起こされると分析。ファルハン容疑者の例を「復讐の連鎖」と表し、テロ犯の家族のケアも重要だと指摘している。
■ 刑務所で宗教講話 過激思想の更正目指す 元テロ犯の再犯防止
現在300人近くのテロ犯が刑務所で服役し、今後3年以内に約100人が出所するとされる。国家テロ対策委員会(BNPT)は受刑者と出所者に社会復帰のための教育を施し、更生に力を入れているが、暴力を容認する過激思想をただすことは容易ではない。異教徒や警察への「報復の連鎖」を断ち切るため、再犯防止に向けた取り組みが続いている。
BNPTは9〜11日、多数のテロ犯が収監されている中部ジャワ州チラチャップ県のヌサカンバンガン島、東ジャカルタ・チピナンの両刑務所で、かつてイスラム過激派だった中東の宗教学者による講話集会を開いた。
「イスラムの教えでは木を切ることさえ、理由がなければ許されない」。東南アジアの地下組織ジェマ・イスラミア(JI)と活動したこともあるという、シェ・ナジ・イブラヒム氏(エジプト出身)はイスラムが他者に寛容な宗教だと強調、過激派から更生した自身を振り返った。
BNPTのイルファン・イドリス反過激教育部長はテロ犯が「中東の保守的なイスラムこそ正統だ」と信じていると指摘。講話集会について「中東出身で元過激派の知識人が穏健な考え方を説くからこそ効果がある」と強調した。
BNPTは2011年、宗教省などと協力し、テロ犯とその家族のための教育を開始。イスラム学者、心理学者との話し合いの機会を設けてきた。来年には西ジャワ州ボゴール県の国軍演習所「インドネシア平和・安保センター」内に専用施設を開設。テロ犯の教育だけでなく、識者を交えた討論会なども予定する。
インドネシアのテロ専門家ヌル・フダ・イスマイル氏によると、テロ犯の約1割に再犯の傾向がみられるという。BNPTがテロの摘発だけでなく、テロ犯を社会復帰させるための支援に本腰を入れ始めたと評価する。
国家警察のまとめによると、02年のバリ爆弾テロから10年11月までに583人が捕まった。うち388人は反テロ法違反で有罪判決を受け、55人が対テロ部隊との交戦などで死亡した。 (上松亮介、写真も)