【変わるタナアバン】(下)山羊売りから王様へ

 中央ジャカルタ・タナアバンは再開発の流れの中にある。カンビン(山羊)売りから身を立てた「王様」もその流れを敏感に感じている。
 5日深夜、中央ジャカルタ・タナアバン。売春地帯「ボンカラン」は営業を続けていた。橋の上に売春婦が立ち、線路の真横に露天のバー、ディスコが建ち、ベニヤ張りの掘っ立て小屋が軒を並べる異空間。ジャカルタ特別州の強制撤去も、ボンカランでは数カ所を破壊しただけに留まった。
 ボンカランはプレマン(チンピラ)の収入源になってきた。東ティモール出身のヘルクレスがここを勢力下に置いたのは、1987年と言われる。ヘルクレスはプラボウォ・スビアントが軍人時代の80年代、数々の秘密工作を展開していた東ティモールからジャカルタに連れ帰ったインドネシア併合派民兵の1人。アンボン、フローレスなどキリスト教徒を中心に東部出身者のプレマンを傘下に入れ、権勢を誇った。
 その10年後の96年。「私たちがボンカランからヘルクレスを追い出した」。ムハンマド・ユスフ・ムヒ(愛称バン・ウチュ=66)はタナアバンの夫人宅で当時を振り返る。宗教間の争いも加わり、血で血を洗う両者の抗争は、多数の死者を出した。周辺はヘルクレス追放の理由を「凶悪で人間として最低だったから」と説明する。
 バン・ウチュは「私はカンビン売りの子。中部ジャワから山羊を仕入れ、タナアバンで売る親の仕事を16歳から手伝い、24歳で独立してすぐに16人の従業員を抱えた」と自身の原点を話す。その後、プレマン組織「イカタン・クルアルガ・ブサール・タナアバン(タナアバン大家族の絆)」を結成。この組織を基に、ボンカランから警備、駐車場ビジネスまでを治める「タナアバンの王様」になった。
 転機は2000年に訪れる。バン・ウチュは弟分のアブラハム・ルンガナ州議会副議長(愛称ハジ・ルルン=51)を後継にし、ボゴールに隠居した。この前後をめぐるストーリーはバン・ウチュとハジ・ルルンの間で認識が異なっている。
 バン・ウチュ側の「物語」はこうだ。ごみ収拾人だったルルンは96年のタナアバン抗争時にグループを作り、ヘルクレスについた。ヘルクレスが去ったため、バン・ウチュのグループから目の敵にされたが、それをバン・ウチュが助けた。「いまもルルンはあくまで弟。彼がいまもタナアバンの王様だ」と側近は語る。これに対し、ハジ・ルルン周辺は「毎月バン・ウチュには送金しているが、実権は政界進出したルルンにすでに渡っている」と主張する。
■時代の風で立場に変化
 バン・ウチュからは、96年にジャカルタ軍管区司令官だったスティヨソ元知事(2期97〜07年)との親密さが垣間見える。「80年代に政府からブタウィ人のリーダーに『任命』され、そのとき知古を得た」。04年の露天商撤去時も、知事とホテルで会った。「レバラン時期の撤去がいいと話し合ったが、なにせ、露天商が5千戸もあるので難しくなった」
 時代の風は、バン・ウチュの立場も新しい場所へ運んでいるようだ。2日に露天商の移転先であった式典でジョコウィ知事と握手する写真を見せてくれた。「渋滞を引き起こす露天商を撤去したジョコウィに感謝している。再開発計画には完全に賛成だ」。先月末には露天商が目の敵にするアホック副知事とも会見。州政府との協調路線は明確になっている。
 「ファウジ・ボウォ前知事時代にはあり得なかった」と周辺は言う。バン・ウチュの出自にもかかわるカンビンのと殺場、大通り沿いのカンビン市場も撤去された。一時「親族が働いている」と猛反発していたが、いまは賛成。その理由には堅く口を閉ざした。(敬称略、吉田拓史、写真も、おわり)

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