通貨安、高インフレの悪循環 景気減速の懸念材料に
インドネシア政府は、経常赤字を容認しながら年6%以上の経済成長率を維持する成長戦略の転換を迫られている。米連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和政策を巡る動きや中国経済の成長鈍化の対外要因に加え、国内では旺盛な内需への対応に起因する輸入依存で経常赤字が常態化。燃料値上げによる高インフレとルピア安が互いに作用する悪循環が景気減速に拍車をかけ、経済成長率の急速な低下の影がちらついているのが原因だ。
■FRB議長発言で新興国混乱 米国の金融政策
「今後数回のFOMC(連邦公開市場委員会)での資産購入縮小もあり得る」。5月22日、市場に衝撃が走った。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が、量的緩和第3弾(QE3)の縮小に言及したからだ。
毎月850億ドル(約8兆5千億円)の資金を間接的に市場に流してきた政策の縮小予告。日米欧の金融緩和・低金利政策で行き場を失い、インドネシアを含む新興国に向かっていた投資金の逆流がこの発言を契機に始まり、世界で株・通貨安が急激に進んだ。
5日時点で5月22日に比べて、対ドルでルピアは4・6%、ブラジル・レアルは11・1%、インド・ルピーは10・7%、トルコ・リラは4・2%下げるなど世界経済をけん引してきた新興国が軒並み苦しんでいる。
インドネシアもFRBに振り回された形になり、ハティブ・バスリ蔵相は7月モスクワで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で「われわれが強調したいことは協調の重要性だ」と述べた上で量的緩和の縮小が実施されれば新興国に「すぐに影響が出る」として、米国に金融政策変更は慎重にするようクギを刺した。
ただ、米国は緩和縮小を近いうちに始めるとの姿勢は崩していない。市場関係者は「緩和縮小が決定した時にまた混乱する」とみており、インドネシア市場も例外ではない。
■中国の減速
インドネシア最大の輸出先である中国の成長も減速している。昨年から、資源価格の下落と中国の需要減がインドネシアの貿易収支に影を落とし始めていており、少しずつルピアが下がっていた。
アジア開発銀行は7月17日、中国の2013年の成長率見通しを7・7%、14年を7・5%にそれぞれ0・5%ずつ下方修正。投資管理会社など、銀行を介さない金融取引が生み出す不良債権への懸念も表面化してきた。
2008年のリーマン・ショックの後も資源高・中国需要をてこに躍進したインドネシアにとって現在、「中国に代わる輸出先はない」(ギタ・ウィルヤワン商業相)ほど大きな存在であるため、中国の混乱はひと際大きなリスクになっている。
■燃料値上げでインフレ加速
政府が6月に踏み切った補助金付き燃料価格値上げは高いインフレとルピア安を招き、インドネシアの高成長を支えてきた個人消費を冷え込ませる懸念材料になっている。
ルピア安は輸入額を押し上げ、インフレを加速させる。GDPの半分超を占め、インドネシア投資の大きな魅力とされてきた内需の拡大減速は成長を阻害する。インフレが高まれば、最低賃金の引き上げ圧力も一層強まり、企業の収益を悪化させる要因になる。
個人消費が大きく落ち込めば、内需拡大を見込んだ外国企業の直接投資は減少する恐れもある。製造業の進出加速にブレーキがかかることで、技術力では先進国に劣り、賃金は新興国より高い「中所得国の罠」にはまり、安定的な成長が望めなくなる危険性もはらんでいる。
■中銀の動向注視
中銀は7月、インフレ上昇とルピア安を食い止める強い姿勢を見せるため、2年4カ月据え置いていた政策金利を市場の予想に反して2カ月連続で合計0・75%(75bps=ベーシス・ポイント)引き上げた。
ただ、金利引き上げは市中に出回る通貨量を減らしてルピアの価値を高め、ルピア下落を食い止める効果がある一方、企業や個人の資金調達コストが上昇するため、景気自体を冷え込ませるリスクもある。
ルピア安は「まだ底をついたとは言えず、中銀が市場介入を緩めればさらに安値をつける」(市場関係者)との見方が大勢。予想を大きく上回るインフレとルピア売り圧力に直面する中銀が、今月15日に開かれる金融政策会合で3カ月連続で利上げに踏み切るかが注視されている。
■輸入依存の脱却
成長戦略の変更を迫られるインドネシアの喫緊の課題は、産業の輸入依存度の軽減だ。そのためには国内産業の育成が急務で、外資を活用しながら、産業の付加価値を付けていく必要がある。
バスリ蔵相は、中間製品の加工業者に優遇税制を導入するなどして、輸入依存軽減を進めようとするなど、短期的な投資に終わりがちな証券投資ではなく、長期的な視野に基づいた外国直接投資促進の必要性を強調している。(赤井俊文、堀之内健史)