故郷で永眠したい バタックの伝統儀式
先祖の墓地がある北スマトラ州トバ湖の湖畔で永眠させてあげたい―。南ジャカルタのタナクシル公共墓地で23日、2005年に埋葬されたバタック人男性の遺骨を掘り起こす儀式「マンゴンカル・ホリ」が開かれた。親族約50人が見守る中、きれいに洗浄された遺骨はトバ湖へ送られ、一族が眠る墓塔の下に再埋葬される。
「お父さん!」。2メートルほど掘られた墓穴の底から、人骨の形が見え始めると、墓を取り囲んでいた親族が一斉に泣き叫んだ。
亡くなってから8年。マンガプル・シライットさん(死亡当時67)の妻ティンダオンさん(70)は、夫の遺言通り、遺骨を故郷へ移すための儀式を開いた。子どもや夫の親族らが集まり、一つずつ遺骨を掘り起こす。ティンダオンさんや子どもたちがそれを水で洗浄し、天日で乾かす。
遺骨を前に悲しみを新たにした親族だが、墓地での食事を終えると、子どもたちが父の頭蓋骨を抱えて次々と記念撮影を始めた。「フェイスブックに載せるの」という。遺骨は親族33人が飛行機で運び、トバ湖で再埋葬の儀式を開く。
キリスト教徒が多いバタック人は、さまざまな慣習も固持することで知られる。インドネシア最大のキリスト教団体、プロテスタント・バタック・キリスト(HKBP)の教義に反する伝統儀礼もあるという。
特に共通の先祖を持つとする先祖崇拝は根強い。父系社会の家系図をたどり、先祖たちがまとめられたトバ湖周辺の墓地には高い塔がそびえる。遠く離れたジャカルタで息を絶えたとしても、先祖とともに「バタック人発祥の地」とされる故郷で永眠したいとの思いがある。
だが各地へ移住する人も多いバタック人の中には、移住先で永眠することを選ぶ人も増えている。70年代からジャカルタで暮らすマンガプルさんの弟は、兄や祖先と異なり、「子どもたちが墓参しやすいように」と遺骨の移転は望んでいないという。(配島克彦、写真も)