麻薬依存症からの回復 バリのNGO「バリ健康基金(YAKEBA)」 経験通じ元常用者が支援
有名芸能人から政治家や警察官まで、麻薬事案で逮捕される人が後を絶たない。バリ島では先月、コカインを国内に持ち込んだ英国人女性に死刑判決が下った。厳しい罰則はあるものの、バリだけでも麻薬常用者の数は5万人以上とされ、その数は急増している。バリ島デンパサールの非政府組織(NGO)バリ健康基金(YAKEBA)は、麻薬に関する情報提供や治療プログラムなどを通じて依存症からの回復を支援している。基金を運営するのも、地域の麻薬常用者のところに出向く「アウトリーチ・プログラム」のスタッフもかつて、「自分は麻薬中毒」だったと認める人たちだ。
朝9時、麻薬常用者の溜まり場に出かける前に「アウトリーチ・プログラム」のスタッフがミーティングを開いている。今日のテーマは「自分を助けるのは自分」。これを元に話したい人が自由に話す。他のメンバーからの質問やコメントは一切ない。
「麻薬をやっている友だちを見てかっこいいと思った。中毒になってから、わずかな時間の快感のために人生の大きな部分を失ってしまうことに気が付いた」とファイスさん(32)が淡々と話した。
最年長のノフィアンさん(47)が神妙な面持ちで続ける。「30年間、あらゆる種類の麻薬に手を出した。クリーンになった今、自分が健康で他人を助けられる立場にいることを毎日ありがたく感じている」
彼らは皆、YAKEBAの治療プログラムに参加し薬物依存から回復。現在は専従スタッフとして働いている。出かける前のミーティングは、それぞれの思いを共有することでお互いを励まし、今の健全な状態を維持するためのもの。常用者との対話では「麻薬を止めろ」とは言わない。自分の経験を伝え、麻薬やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)について説明する。
注射針を使っているなら、使い回しをしないように言う。全く気にせず使い続ける人もいるが、止めたいと思っている人も大勢いる。そういう人たちにはYAKEBAで治療を受けるようにすすめる。
YAKEBAは1999年、バリ在住の豪州人で、アルコール依存症だったボブ・モンクハウスさんが、アルコールや薬物依存者の回復を助ける場として設立した。現在はバリ州政府の支援を受け、薬物、アルコール依存者、HIV感染者、またそのリスクのある人たちに治療や情報の提供を行うかたわら、学校に出向いてセミナーも行っている。若者の場合、薬物に手を出すきっかけが「皆がやっているから、自分も試してみようと思った」ということが多く、危険性についてはほとんど無知だからだ。麻薬の使用は違法行為だが、YAKEBAでは助けを求めに来た人を警察に通報することはない。警察も人数を聞きに来るだけで、個々の名前や住所は求めない。
現在、YAKEBAを率いているのは8年前にヘロイン依存症を克服したバリ人のアディさん(32)だ。常用を始めた95年当時はヘロインが簡単に手に入り、危険という意識もなかったという。中毒が深刻化し、両親の勧めでYAKEBAを訪ね、YAKEBAの紹介でデンパサールのサンラ病院で合成麻薬のメタドンを使用した治療を1年間受けた。メタドンの管理処方によるヘロイン依存治療は効果を上げているが他の薬物には効かず、治療が行われているのはバリではサンラ病院だけだ。
「HIVや肝炎の深刻な広まりを受けて、政府や社会も麻薬の売人と使用者を分けて考え、後者を犯罪者ではなく患者として捉えるようになりつつある。罰するだけでは問題の解決にならないからだ。しかしYAKEBAのような施設はバリ全体では3カ所しかない。2003年にはメタドンによる治療も始まったが、これも限られている。回復はもちろん本人次第だが、家族や地域社会の支援が不可欠。私たちの役割はそこにある」とアディさんは力を込めた。(バリ島デンパサールで、北井香織、写真も)