【火焔樹】 上を向いて歩こう

 インドネシアでも日本でも天国と地獄の概念は存在する。日本では「嘘を付いたら(berbohong)閻魔(えんま)様に舌を抜かれるよ」と言われ怖気づいた幼い頃の記憶を持つ人は多いだろう。しかし、成長するにつれ大人の「嘘(dusta)」を見抜き、迷信となってしまう。他愛もない戯れにすぎないのだが、結局は、大人が子どもに嘘をついてしまうことになり「じゃあそんな大人は舌を抜かれないのか」とインドネシアの人は思うだろう。
 日本でもインドネシアでもお墓参りをする習慣はあるが、生前から死後のことも考える機会が多いインドネシアの人は一貫性がある。逆に普段は、宗教的な教えを迷信、すなわち「間違った合理的根拠のないもの。一般には社会生活上実害を及ぼし、道徳に反するような知識や信仰」と言い切ってしまう一部の日本の人が家族の死後お墓作りにてんやわんやするのは、いささかご都合がよろしいように多くのインドネシアの人の目には映るだろう。
 かくいう私は八百万(やおよろず)の神的な発想で都合の良い日本人タイプだが、何もまったくインドネシアの人の宗教観を否定するわけではない。どちらつかずの私だが、ただ言えるのは、母のお墓に行くと、「そこにはもう母はいない」と強く感じるのである。
 普段顔を合わせない家族が墓前に集まり、絆を深めることが故人への一番の供養と考えられているのは両国とも紛れもない人々の心情だが、それ以外にお墓があるがためだけの理由でそこへ赴いてしまうことを思うと、何のためにお墓参りをするのか矛盾を感じる。
 最近とみに思うのは、インドネシアでも日本でも、天国は上にあるとされているのだから、場所など関係なく上に向かって祈りを飛ばせばいいのではないか。いつでもどこでも上を向いて歩いていれば、悲しくなったって涙はこぼれないはずである。
 「どこへ逝ってしまったのだろう」。確固たる信仰を持たぬ私の素朴な疑問が生涯のテーマになりそうである。それでも、誰かを偲ぶときには、上を向いて歩こう。(会社役員・芦田洸)

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