【火焔樹】 スシ・インドネシア
昨年末あたりから、妻の母が「インドネシアにも寿司がある」と言い出すようになった。バナナの葉で包んだ白飯をココナッツミルクで炊きあげる料理「ルンプル」が「スシ・インドネシア(インドネシアの寿司)」だと言い張り、親戚やら店先で出会った人やら行く先々で冗談話として話すのだ。
私の父が日本からインドネシアを訪れた先週、流行がピークを迎えた。共に車に乗り込んだ矢先から「スシ・インドネシア」について笑い転げるかの勢いで力説し、それを私に翻訳するよう促す。だが、意訳をしようとしても面白みのある話にならない。というよりそもそも、寿司(巻き寿司)と「スシ・インドネシア」の共通点は、白飯を何かで巻いていることだけだ。正直似ていない。
父のインドネシア訪問最終日。たらふく昼飯を食べた後に、「飛行機に乗る前に食べさせてあげなさい」と母がルンプルを手渡してきた。わざわざおいしいルンプルを求めて遠出をしたのだという。「いやー、もうお腹がいっぱいだから」と言ってみるも振り切れるわけもなく受け取ったが、翌日朝、母から珍しく電話が掛かってきてはっとした。父にルンプルを渡さず、車の中に置きっぱなしにしてしまったのだ。
母は、どこのレストランへ連れて行っても「近所の店の方がおいしい」と主張する内弁慶。日本食などもってのほかで、寿司と言えば「おえ」と吐くまねをするぐらいだ。そんな母が言い出した「スシ・インドネシア」。娘の夫やその家族と少しでも近い関係を築きたいという思いの現れだったのだろう。
電話で「何で渡さないのよ」としょぼげた声で言った後、母は言葉をつないだ。「でもまあいいよ。『またいつでも来て』って言っておくんだよ。今度は必ずスシ・インドネシアを食べさせてあげるから」。いつものように話し終わらないうちにブチッと電話を切られた後も、優しい余韻が電話口に残った。(関口潤)