8センチで車輪かわす 踏切内で中古携帯売る 線路ぎわの露天商
中央ジャカルタの国鉄スネン駅に隣接する踏切内に、通過する電車すれすれのところで商売する「達人」がいる。レールの上を走る電車の車輪と商品の距離はわずか8センチ。話を聞いてみると、たくましく商売を続ける庶民の知恵が見えてきた。(吉田拓史、写真も)
踏切の警報機が鳴り、駅に停車していた電車が踏切に差し掛かる。踏切内で車道沿いに商品を並べた露店商たちが、せかせかと「店」を動かし始めた。
しかし、一人だけ動かない露天商がいた。アユ・イルワンディさん(41)。青いビニールシートの上に並べられた売り物の中古携帯電話は、線路から数センチしか離れていない。電車の車輪に踏んづけられたり、吹き飛ばされたりしそうな距離だ。
だが、アユさんは「ティダ・アパアパ(大丈夫)」と余裕。のんびりとクレテック(丁字たばこ)のグダン・ガラムを吸い、ほかの露天商と談笑している。
接近した車両は携帯電話と比べると象のような大きさ。どう見ても、象がアリを踏んづけるようにしか見えない。南無三―。
しかし、車輪は携帯をかするように通り過ぎるだけ。たくさんの車輪も踏んづけそうで踏んづけない。手品を見ているようだった。
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「だいたいこれくらいなら大丈夫」。アユさんは親指と人差し指を広げる。測ってみると約8センチ。「昔はラジオやケーブルなどの電化製品を扱っていて、そのときに車輪との『距離感』を掴んだ。いままで品物がひかれたことは一度もないんだ」と自慢げだ。
「そりゃあ線路から離れている方がいい」と話すが、そうできないのは、縄張りが決まっているから。通行客を相手に商売をしようと、踏切内には線路と線路の間から線路の上まで露天商がひしめく。新規参入組の若者は線路の上。線路は6本あり、電車は頻繁にやってくる。
アユさんは15年間、踏切の中で商売を続けてきた。線路と線路の間の2メートルほどを、雑貨を売るフェンディさん(41)と分け合う。ぎゅうぎゅうに狭く、二人とも店の端は線路に接している。
フェンディさんは「私もアユさんと一緒で15年ここで商売している。互いの場所はなんとなく決まった」と言う。
アユさんは、フェンディさんが店を開くまでの1時間は、そのスペースを悠々と使っているが、フェンディさんの開店後は、ビニールシートを横にずらすわけにもいかない。
8センチの「距離感」は、ほかの露天商とのスペースの兼ね合いと面倒くささの軽減を追求した結果、生まれたようだ。売り物は廃品回収という形で仕入れたジャンク携帯で、タダ同然なこともアユさんを強気にさせている。
アユさんの隣には、線路のレール2本の真ん中で中古携帯を売る露天商ワヒュさん(32)。売り物を木製のケースに入れ、いつでもケースごと動かせるように電車対策を講じている。「電車が来るたびにいちいち退かさなくちゃいけないから不便だよ」