【火焔樹】 冷蔵庫のルンダン
インドネシアに限った話ではないが、外国で暮らす日本人の生活パターンをみると、大きく二つに分かれるようだ。一つは、現地に溶け込もうと努力し、言葉を勉強し、土地の食べ物を進んで食べ、文化や歴史を学ぶタイプ。もう一つは、日本人のみと付き合い、言葉も必要最低限の単語のみ、日本食だけを食べ、文化や歴史など関係ないタイプ。
ほとんどの日本人が会社の命令で赴任してきた人やその家族で、特にインドネシアに愛着があって来ている人たちではないので、インドネシアについて勉強しようという動機に駆られることもなく過ごしてしまうのは理解する。だからこそ、そんな状況でも日本とは違う環境を認識し、未知の国で遭遇するであろうすべての事柄に思いを馳せることができる人々はとても貴重だと思う。
ある晩、日本人宅にご招待された時のこと。「お昼は何を食べたの?」「冷蔵庫のルンダンをチンして食べた」というやり取りがあった。「ルンダン(rendang・牛肉のココナッツ煮)」とはインドネシアを代表する料理だ。でも、これを知っている日本人は多くはないだろう。そう答えた人は、インドネシアにやってきてまだ日の浅い30歳前後の駐在員の奥様だった。
これは私個人の勝手な想像だが、料理の流行には、例えば、イタリア系の料理が人気というと横文字料理の名前が氾濫し、ファッション感覚で美味しいと思い込み、流行から取り残されないようにする人もいることが背景にあるのだろう。私も大好きなイタリアンであるが、案外こんなことに影響されているかもしれない。逆に、東京の中学校に通っていたとき、母がお弁当にルンダンを入れてくれたのを思い出した。周りのみんなは「うっ…何だそれ? くせっ! 真っ黒でうんちみたいだ…」と騒いだ。
この奥様は、流行のイタリアンを口にするのが非常にお似合いと思えるようなお洒落で上品な方だったが、そのような人が冷蔵庫にしまっておいてまでルンダンを食べると聞いて、昔の思い出と重なったこともあり、少々驚いてしまった次第である。そして、「美味しいものは美味しい」と、奥様は付け加えた。
このような人がどんどん増えれば、いつの日か日本の家庭の食卓のラインナップにルンダンが加えられ、お弁当のおかずになるときが来るだろうか。(会社役員・芦田洸)