この国を理解するために 伝統文化を通して プンチャック・シラット
国連教育科学機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されるインドネシアの伝統文化は伝統楽器のガムランやバティック(ろうけつ染め)など12種類。そのひとつがプンチャック・シラット。精神修養、護身術、演武、競技といった要素を持つこの伝統武術に魅せられた邦人女性がいる。
日本企業の駐在員として1997年、ジャカルタに赴任した小川和美さんは、2014年に体調を崩して休職。半年ほど一時帰国した。療養中、10年以上過ごしたインドネシアへの思いもあり、「この国への理解が浅い」と気付く。それがプンチャック・シラットに近づくきっかけだった。
そんな折、プンチャック・シラットの元日本代表選手だった浅見明子さんのホームページを見て、興味が沸いた。浅見さんに連絡をとり、手ほどきを受けた。
「技や型だけでなく、礼儀や哲学も学ぶ。これこそインドネシアの伝統文化ではないか」
体調が回復した小川さんはインドネシアに戻った。そしてこの国をもっと理解するため、本腰を入れようと決意。プンチャック・シラットの発祥の地でもある西ジャワ州の流派、パンリプールの門を叩いた。
浅見さんは1990年代に東ジャワ州マランで留学。そこでプンチャック・シラットに出会った。「インドネシアが持つ寛容性、仲間意識を感じる」。留学生活の中でプンチャック・シラットの世界にのめり込んだ。
小川さんの2人目の「師匠」となったパンリプールの指導者、アセップ・グルワワン氏は、国際大会でも優勝経験を持ち、欧州での普及活動やタイ、ベトナムの代表チームを指導する経歴を持つ。
ユネスコは2019年、プンチャック・シラットを無形文化遺産に認定。アセップ氏はこれに貢献したひとりで、17年5月にはフランス・パリのユネスコ本部で演武を披露した。
ただ、アセップ氏は今、スポーツ競技としての普及を歓迎する一方、伝統演武という側面が希薄化していると危ぐする。
「プンチャック・シラットは型や勝敗を競う競技だけでなく、本来は式典で披露される伝統舞踊などのように、音楽とともに演武を披露する芸能としての一面がある。そこに人と戦う精神はない。あるのは敬う心、友だちになろうという思いだ」とため息をついた。
師匠の思いを聞きながら、小川さんは「インドネシア理解のためにも、もっと多くの日本人にプンチャック・シラットを知ってほしい」と話している。
(坂田恵愛、写真も)