人気根強い日本の漫画 舞台裏の翻訳事情探る 「表現学び、面白さ伝える」
日本のポップカルチャーの中でも特に人気が高い漫画。インドネシアでも、書店に行くとさまざまな漫画が並んでいる。「ドラえもん」から「ワンピース」まで、基本はすべてインドネシア語。誰が、どのような過程を経て、翻訳しているのか。普段は見えない舞台裏を探った。
ビナ・ヌサンタラ(ビヌス)大学日本語学科の日本言語学コーディネーターを務める傍ら、出版社のエレックス・メディア・コンプティンド(EMK)社と契約し、漫画翻訳の仕事を17年間続けているナルティ・ノヴィアンティさん(45)。
日本言語学コーディネーターになる前は編集も担当していた。現在請け負っているのは、長寿少女漫画として知られる「ガラスの仮面」、2009年に講談社漫画賞を受賞した「Q・E・D・ 証明終了」など。過去には「スラムダンク」「るろうに剣心」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」など人気作品を含め約10シリーズ、200冊以上を訳してきたベテラン翻訳者だ。
本業を終えてから毎日2時間ほどを翻訳作業に割く。1冊訳すのに、少女漫画など比較的簡単なものは3日ほど、ミステリーのような複雑なものは1週間はかかる。漫画というせりふのスペースに制約がある中で、物語の流れを損ねないように意訳しなければならないのが大変な作業。前後の文脈との整合性や物語の背景、時には登場人物の表情から判断することもある。
また、ことわざや慣用句の言い換えも必要だ。「心残り」「木で鼻を括る」など、そのまま訳せば筋違いの意味になってしまう。
漫画の内容に関する研究も欠かさない。「スラムダンク」を担当した時は、インターネットでバスケットボールのルールを調べるだけでなく、実際に使われている用語を肌で感じようと、地元のバスケットチームを訪問したこともある。
「言葉から言葉にそのまま訳すだけでは意味は伝わらない。台詞に込められた意味を日本の文化や現代の時代背景から読み取り、最も適切な言葉をあてはめる必要がある」とナルティさん。
漫画翻訳の魅力を「今、日本で若者が使っているさまざまな表現を知ることができる。自分が面白いと思った漫画をインドネシアの人たちに伝えることができる」と語る。
ナルティさんの場合、翻訳料は1冊80万―90万ルピアほど。自身が翻訳した作品の印税などはなく、割に合わないと感じることもあるが、やりがいがあるので続けている。
■表現学び、面白さ伝える
インドネシアの漫画市場で、日本の作品は全体の70%を占め、残りは欧米、タイ、韓国など。ともに大手メディア複合企業体コンパス・グラメディア・グループの子会社であるEMK社とエムアンドシー(m&c)社が合わせて七割と最大の地位を誇る。
両社は講談社、集英社、小学館などからライセンスを取得。EMK社は1991年に初めて日本の出版社と契約を締結した。日本の出版社にとって漫画は重要なコンテンツであるため、交渉が難航することも多いという。
ライセンスを得ると、作品内の暴力的、性的な絵が含まれたコマを修正。裸が描かれているコマは、顔をアップにしたり身体に泡や霧をかけたりして隠す。日本語でなければ意味が通じにくい冗談などは、注釈を付けるなどする。
そして、契約しているアルバイトに翻訳を依頼。1―2週間後、提出された原稿を校閲し、出版に至る。売上の7―10%程度をロイヤリティとして日本の出版社に支払うという。
m&c社の翻訳アルバイト採用は年三回で、年々応募者は増加。その理由をムスティカ・アルム編集担当は「若者の日本への関心が高まり、日本語学科がある大学も増えているため」と分析する。20人いる翻訳アルバイトの半数は学生だ。
EMK社のラトナ・サリ編集長は「最近は翻訳のレベルが上がり、推理ものや教育ものなど、訳が難しいジャンルの漫画も出版できるようになった」と話す。
アルバイト料はm&c社の場合、訳者を能力別にABCの3段階に分け、下から1冊につき37万、47万、55万ルピアを支払う。(堀之内健史、写真も)