12人の遺体を発見 ロシア調査隊が来イ スホイ機墜落事故
西ジャワ州ボゴール県のサラック山付近でロシアの最新鋭小型旅客機「スホイ・スーパージェット(SSJ)100」が墜落した九日の事故で、陸路で墜落現場に向かっていた捜索救助隊が十一日午前十時ごろ、航空機の墜落地点付近で搭乗者十二人の遺体を発見した。犠牲者の身元は分かっていない。悪天候により、搬送作業は難航している。捜索活動は同日夜に中断した。
国家捜索救助庁によると、十二日朝にも発見現場付近にヘリコプターが向かい、遺体を東ジャカルタのハリム・プルダナクスマ空港に搬送する。
同庁のガガ・プラコソ広報担当は「遺体は航空機の墜落地点から数百メートル下で発見された」と語った。フライト・レコーダーは発見されていない。同庁のほか、国軍や警察、地元住民などからなる救助隊が、現場近くに設置された連絡所からヘリコプターと陸路で墜落現場に到着、捜索作業にあたっている。
ロシアのプーチン大統領は十日夜、ユドヨノ大統領と電話で緊急会談し、墜落事故に遺憾の意を表明。「搭乗者の捜索や原因究明への尽力に感謝する」と述べた上で、身元確認に向けた協力を約束。搭乗していたロシア人についての円滑な情報共有を求めた。
ロシア政府が派遣した事故調査チームは十日深夜、ジャカルタに到着。インドネシア政府と協力し、原因究明を進める。
ユドヨノ大統領は十一日午前、ハリム空港を訪れ、搭乗者の家族と慰問。同日午後には、アレクサンダー・イバノフ駐インドネシア・ロシア大使も訪れ、約十五分間、家族と言葉を交わした。
警視庁の身元捜査班は、DNA鑑定による身元確認を行う場合、結果が出るまで二週間以上かかるとの見通しを明らかにした。
デモ飛行はスホイ社の代理業者トリマルガ・レカタマ社が主催した。インドネシアの民間航空会社のカルティカ航空とスカイ・アビエーション社は昨年、SSJ100機をそれぞれ三十機、十二機購入する契約をスホイ社と締結。購入額は一機あたり約三千八百万ドル。カルティカ航空は今年九月に最初の納入を予定していた。
今回の事故について、ヘリ・バクティ・グマイ運輸省航空総局長は「SSJ100機は、ロシア政府や欧州航空安全局(EASA)が安全基準を満たしていると認定している」と述べ、国際民間航空機関(ICAO)の加盟国として、インドネシア政府が同機の安全性を問題視することはないとの姿勢を表明。民間会社の購入契約に対し、政府が介入することはないと強調した。
◇近年の重大航空事故と安全改善の取り組み
■07年1月、西スラウェシ沖―102人死亡
西スラウェシ州パレパレ沖で、アダムエア575便ボーイング737─400型機が墜落し、乗員乗客102人が全員死亡した。
海底に散在した事故機からブラックボックスなどが回収されたのは、事故から8カ月後。米国で行われた解析結果によると、航空機の位置や方向などを検知する慣性基準装置(IRS)が故障し、自動操縦装置が機能しなくなった。機長らがIRSの修理に集中している間に機体がバランスを失い、急降下して海に突っ込んだことが判明した。
■07年3月、ジョクジャカルター21人死亡
ジョクジャカルタのアディスチプト空港で、国営ガルーダ航空200便ボーイング737─400型機が着陸に失敗、オーバーランして炎上し、乗客133人のうち21人が死亡した。
国家安全運輸委員会(KNKT)の調べで、機長が急角度、高速での無謀な着陸操作を強行したことが主要因だったことが判明。機長は刑事責任を問われ、1審で禁固2年、控訴審で逆転無罪が下った。
規制緩和で新規参入する航空会社が相次ぐ中、重大事故が続発したのを受け、2007年7月、欧州連合(EU)がガルーダ航空など4社に欧州域内乗り入れ禁止措置を決定。インドネシア政府は国家運輸安全評価チームを設置し、国際民間航空機関(ICAO)や日本の国際協力機構(JICA)など国際機関の協力も得て、08年12月に航空法を改正、航空安全監督体制構築に取り組む契機となった。
その後、ガルーダ航空は安全運航と経営改革に力を入れて再建に成功。09年7月、EUは乗り入れ解除措置を解除した。
■11年5月・西パプア沖―27人死亡
西パプア州カイマナ沖で、国営ムルパティ・ヌサンタラ航空MA60型機が墜落し、乗員乗客27人が全員死亡した。
機体は、中国航空工業第一集団公司傘下の西安飛機工業製造。中国製だったことから、一部で国産航空機の使用などを促す声も上がった。ムルパティ航空は同機を15機保有し、パプアなど主に東部インドネシアの路線で運用している。