【MRT物語】(6) 高架の急カーブ構築 土地収用遅れ、突貫工事も 東急建設
ルバックブルス駅(南ジャカルタ)に向かう大量高速鉄道(MRT)はファトマワティ駅(同)の直前で大きく右にカーブを切る。長さ77メートル、高さ26メートルの高架上で電車はゆっくりと駅に入り、高架下では高速道と外環道が3層構造で交差する。工事責任者の野村泰由(東急建設)には、このカーブに特別な思い入れがあった。この区間を工事関係者が「スペシャルブリッジ」と呼ぶことはあまり知られていない。
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全区間で最も急なこのカーブは、建設の大きな難所だった。通常、直線に近い高架橋を構築する際は、「箱桁」と呼ばれる工場製作のコンクリート製ブロックパーツを16個(長さ計40メートル)、垂直に吊り上げ一体化していく。だがここでは、この一般的な工法は使えない。カーブ線形に合わせるため、生コンクリート現場打設で箱桁を構築していく必要があったからだ。
野村らが使ったのが「バランスド・カンチ・レバー」という工法だった。橋柱から左右に3メートルずつ箱桁を伸ばし、やじろべえのように均衡を取り構築していく。柱につなげるたび、橋柱の傾き方、箱桁のズレ、捻じれなどをコンピューターで解析し微調整する。初めてみる綿密な工程、品質管理に、現地スタッフが目を見張った。
空中で橋をつなぐため、安全にも神経をすり減らした。高速道路などの真上で行われ、ボルト一本でも落ちれば大事故につながる。深夜、枕元で携帯電話の通知音が鳴る。「事故か?」と飛び起き、それが「ただの業務連絡」だと安堵する。昼夜問わず行われた工事中は、こんな夜が続いた。
スペシャルブリッジでの夜間作業は、日中の交通渋滞を避けるためだった。だが土地収用の遅れが、他のエリアで計画外の24時間体制の突貫工事を野村に強いていった。
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「工事を止めるか、進めるか」。野村は苦渋の表情を浮かべた。2013年11月、MRTのルバックブルス駅予定地周辺。契約ではジャカルタ特別州が撤去ずみのはずのサッカースタジアム(約3ヘクタール)などが未撤去なのだ。面積にしてこの工区(全8ヘクタール)の3分の1。車両基地を建てる重要地だった。
「本来なら工事を止める状況」だった。収用済みの土地だけで工事を始めれば、計画外の重機の出し入れや人員の再調整が必要だ。その膨大な追加費用を回収できるのか。一会社員として不安が募った。
だが、MRT建設では工期の遵守と高品質が、日本の名の下に期待されていた。同駅周辺での建設の遅れは他の日本企業が担当する新車両納入にも響く。「止める」わけにはいかなかった。インドネシア側に書面で追加費用の確認を取るが、明確な返答が来ない。そんな中での工事となった。
スタジアムや周辺の撤去がやっと終わり、着工開始は16年6月。計画より2年7カ月遅れていた。担当のチプトラヤ駅付近でも土地収用が大きく遅れた。このままでは19年3月の開業は絶望的で、突貫工事のため追加費用が必要になった。多くの重機、仮設材を追加し、予定を400人上回る最大1400人を投入。昼夜同時作業を行うため、多数の現場管理者を追加した。
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開業後の現在も、多額の追加費用回収で関係各所との交渉の日々が続く。だが野村は、開業直後、各駅で歓声と共に自撮りをする乗客の姿を忘れない。達成感は何物にも代え難かった。工事は無事に終わった。(敬称略=続く/本紙取材班/毎週掲載します)