【幻のコーヒー復活40年】(2)地域社会との協力モデル構築 作物を育てる「人」を大事に

 トアルコ・ジャヤ社の集買拠点の一つペランギアンは標高1500メートルの霧がかった山中にあった。収穫シーズンはここで週に一度、農民から直接買い取りを実施している。この日生豆を持ち込んだ50人ほどの農民は順番に同社員による品質チェックが終わるのを待つ。「生活のため少しでも高く買ってもらえれば」。検査を見守る農民からはそんな声が聞こえる。
 18年にわたりコーヒーを栽培しているマルクス・タンディさん(61)もその一人。遠い日本で高級コーヒーとして愛飲されている実態はほとんど知らない。実際のところ収入額が大事だ。どんな換金作物を育てるか、どこ(買取り側、街の市場など)へ売るか。農民たちも考えて選択する。最近では村の若者が街へ流出しはじめ、後継者不足の影響も見え始めた。
 こうした課題のなかで、同社はコーヒー苗木の無償提供や、木の手入れなどの技術指導、精選(収穫したチェリーからコーヒー豆となる種子を取り出す一連の作業工程)の知識啓もうなどを継続的に進めてきた。また、優秀な生産者を表彰する「キーコーヒーアワード」も創設した。ことしから、独自の指標を使って、良い豆に「プレミアム価格」を付けて買い取る仕組みもスタートさせた。
 「やる気があり努力を続けている農民を評価することで、生産者がコーヒーづくりに『誇り』を持つようになれば」とトアルコ・ジャヤ生産担当取締役の藤井宏和さんは話す。作物を育てる「人」を大事にすることがトラジャ地域で高品質のアラビカコーヒーをよみがえらせる鍵と考え、あらゆる仕組みを導入してきた。現在、農民や仲買人ら事業協力登録者は400人以上。「農家の生産意欲維持」と「高品質の豆の安定供給」の両方を維持することでコーヒー産業を守っている。
 トラジャ特有の船の形をした伝統家屋「トンコナン」と、のどかな田園が広がる山あいの村。ナンガラ第2中学校の元気な生徒たちがトアルコ・ジャヤ社の訪問団を迎えた。同社はこの日、生徒147人の同校にパソコンとプリンター各1台を無償提供した。
 ジェニ・ルカス校長(44)は「インドネシアでは卒業生の全国統一試験が全てパソコンで行われるので今回の提供はとても助かる」と感謝したものの、「職員の事務作業用と思っていた。多数が必要な生徒の試験用と思わなかった」(藤井さん)といった行き違いも今後への勉強と前向きに捉える。 
 トアルコトラジャ・コーヒーの生産量の約8割を担うのは地元の農民である。地域への協力はコーヒー栽培に限らない。「一企業の利益にとどまらず、地域社会の経済発展に貢献すること、トラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることがなにより重要」と事業開始当時の同社の決意を示す言葉が「トラジャ事業史」にはある。
 企業戦略という観点からは、これらの活動は「CSR(企業の社会的責任)」ともいえるが、実際には「おいしいコーヒーを届けたい。その産地をなんとか育て守りたい」ということが出発点。学校への備品ばかりでなく、道路の修繕から観光振興まで、駐在コーヒーマンの現地社会への気配りは今日も続く。(斉藤麻侑子、写真も、つづく)

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