【アジアを駆けた半世紀 草野靖夫氏を偲ぶ(11)】 「草野スピリット」は不滅 本名純 

 僕もじゃかるた新聞の皆さんと一緒で、草野さんに育ててもらった一人。いつだったか、本人にぼそっとそう言ったら「冗談じゃないよ、わはは」と思いきり肩を叩かれた。
 一九九九年、インドネシアは民主化後、初めて国政選挙を実施。スハルト時代の与党ゴルカルが敗れ、大統領もハビビの次はメガワティかと思いきや、どんでん返しでワヒドという怒濤の政治ドラマの年だった。
 この時初めて草野さんにお会いした。政党の集会や国会に入り浸って情報収集していた僕は、現場でしょっちゅう草野さんに遭遇した。大学院を出たばかりで、どこの馬の骨か分からない就活中の僕の「与太話」を面白いと信じてくれて、解説コメントを新聞にたくさん掲載してくれた。
 とても現場主義の人だった。自分で見たこと、聞いたことを大事にし、全体像を自力でイメージする、それが自信の源だよ――お酒を飲みながら、そういう記者魂の話を沢山してくれた。刺激されたし、そういう現場第一の研究者になりたいとも思った。ずいぶん後に「本名さん、根は新聞記者だねぇ」と草野さんに言われたときはうれしかった。
 二〇〇四年選挙の時は、前年に出版した英文本を持参してジャカルタ入りした。草野さんは出版を喜んでくれて、じゃかるた新聞でも選挙関連でコラム連載してみないかと誘ってくれた。史上初の直接大統領選挙を控え、「普段のニュースからは見えないところを読者に伝えてよ」というお題をもらい、一年半の間、毎日、中央と地方の政党関係者を追っかけた。
 おかげで政界のドロドロした部分に随分と詳しくなってしまった。同時に、民主化インドネシアの行方に悲観的な論調も多くなった。でも草野さんは逆だった。インドネシアの根本を信じていた。大きな変化の方向性を楽観し、日々の問題は大局的には心配なしと見ていた。現場第一のリアリズムと楽観主義――この一見相反しそうなスタンスは草野さんにとって矛盾しない。それを知ったとき僕のインドネシア研究にも何か光が見えた気がした。
 二〇〇九年選挙の調査でまたジャカルタ駐在となった。電話したら国際転送で東京の草野さんにつながり、病状を聞いてびっくりした。選挙の本を書くと伝えたら、九九年に取材現場でよく一緒になった思い出を懐かしく語ってくれて、当時とそっくりな励まし方をしてくれた。僕が励まされてどうすんだよと思いつつも、初心に戻った感じでうれしかった。
 机上の理論ではなく、目で見て話して直に触れることで真実に近づこうとする姿勢の大事さを、僕は大学でも学生に伝えたいと思って授業をしてきた。思えばこれは草野さんから学んだ精神と世界観。「草野スピリット」はこれからも不滅です。(立命館大学国際関係学部教授)――インドネシア研究者として、1999年から交流。

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