寛容性問われる くすぶる宗教問題  地方で少数派襲撃も

 イスラムの異端派アフマディアやキリスト教など少数派への襲撃、活動妨害などの事件が今年、地方で散発した。イスラムと近代化、民主主義の共存が国際社会から評価される一方、人口の九割を占め、穏健派が大多数のインドネシアで、ムスリムの寛容性があらためて問われている。対立が激化した地域の状況をまとめた。

■保障は何もない
 「近隣住民は理解を示してくれたが、どこに移り住んでも遠くから強硬派が襲って来る」。シャヒディンさん(四〇)は「家を何回建てても壊される。どこに行けばいいのか。財産補償だけでもしてほしい」と頭を垂れる。
 西ヌサトゥンガラ州ロンボク島マタラム空港から車で約十五分。マタラム市東部の住宅街にあるアフマディア信者の収容施設。千平米ほどの敷地に建物が三棟並ぶ。屋内は電灯が一つだけで薄暗い。壁はなく、カーテンや板で仕切っただけだ。
 二〇〇六年、家やモスクを襲撃され、行き場を失ったアフマディア信者の三十三世帯百三十八人が暮らす。現在、信者たちは以前暮らしていた村で畑を耕したり、オートバイタクシーなどで生計を立てる。
 一九九八年以降、村のアフマディア信者が強硬派の標的になってきた。シャヒディンさんは計八回襲撃された。スンバワ島に避難したこともあったが、移転先でもアフマディアと分かると襲われた。
 行き場所を失った信者に対し、州政府も収容施設を提供するなど配慮する姿勢を示したが、〇九年には食料支援を打ち切った。入居者の中には住民登録証(KTP)の発給を受けていない人もいる。「もはや何の補償も期待できない」

■ひっそりと暮らす
 今年二月六日、バンテン州パンデグラン県チクシックでは、暴徒約千五百人がアフマディア信者を襲撃。家やオートバイが破壊され、信者三人が惨殺された。
 平穏だった村は一変した。「アフマディア信者というだけで学校で殴られるなど、子どもも差別を受けた」。四児の母ナヤティさん(三五)は避難後、十月に自宅の様子を見に帰ったが、家財道具はすべて盗まれ、何も残っていなかった。見回りに来た警官には「問題を引き起こす奴らは出ていけ」と追い返された。
 村を追われた五世帯二十五人は、バンテン州タンゲラン市チルドゥッグ郡などに移転。同郡にはアフマディア信者約千人が居住し、学校やモスクがある。別の信者の支援を受け、行商などで新しい生活を始めた。
 アフマディア事務局には、信者から生活相談が殺到している。フィルダウス・ムバリク広報担当は「特定の地区に集まり、ひっそりと暮らすしかないのか」と嘆く。難民認定を受け、海外移住を考える人もいるが、これまで認定された信者はいない。
 襲撃を画策したイスラム擁護戦線(FPI)ら強硬派には、禁固六月以下の判決しか下っておらず、「私たちの人権は保障されていない」と訴える。

■市街の教会閉鎖
 毎週日曜の朝、ボゴール市街地のアブドゥラ・ビン・ヌー通りの約三キロ間は完全に封鎖される。高級住宅地「タマン・ヤスミン」近くに警官隊が配備され、キリスト教徒、地元のイスラム強硬派団体の双方を待ち受ける。
 今年三月から、ヤスミン教会での礼拝はできなくなった。強硬派に同調する市長が建設許可などを問題視、事実上、礼拝禁止に追い込まれた。教会幹部のプランギアンギン氏は「強硬派を排除せず、なぜ教会で祈りを捧げるだけの自分たちが退去を強要されるのか」と抗議する。
 毎週日曜、信者の自宅を転々として礼拝を行っている。クリスマスにはアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領の妹や娘、穏健派のイスラム団体なども駆け付けた。「一部の強硬派の仕業と思いたいが、なぜ政府は何の対策も講じないのか」。少数派のキリスト教徒の間では政府への不信感が高まる。

■再発防止で連帯
 「ムスリムのオートバイタクシー運転手がキリスト教徒に殺された」。今年九月十一日、マルク州アンボンで携帯電話などを通じ、宗教対立をあおるデマが広まった。
 市内で見つかった遺体をめぐり、警察は事故死と発表したが、町に繰り出したムスリムとキリスト教徒が衝突。商店は一斉に閉店し、市街地は暴徒で埋まった。十年前の宗教紛争の記憶がよみがえる。
 しかし、これを制止するイスラム、キリスト教の指導者の姿もあった。家族を紛争で失ったマルク・プロテスタント教会のマックス・タカリア氏は「衝突の原因は宗教問題ではない。ささいなけんかに過ぎない」と強調する。「誰もが紛争の傷痕を抱えている。これを乗り越え、再発を防ぐ努力をしていかなければならない」

◇世俗化への反発―見市建 岩手県立大学総合政策学部准教授(インドネシアのイスラム運動)の話
 インドネシアのイスラムが急激に保守化しているとは言えない。近代化が進む中で、イスラムが「拠り所」になっている。都市部ではワインバーが増えるなど、グローバル化で欧米の影響を受ける一方で、モールではジルバブ・ファッションショーが開催される。「アヤット・アヤット・チンタ」などジルバブ姿の女性を描いた映画作品や、イスラムとエンターテインメントを掛け合わせたテレビ番組など、メディアにはイスラム的シンボルを強調する動きがみられるが、世俗化への反発に過ぎない。
 地方で散発する教会襲撃などの事件は、改宗を迫る熱心な布教活動などに対し、危機感を抱いた一部の勢力が引き起こすものだ。地方の問題には下町同士のいさかいや、イスラム団体や警察、軍など治安に絡むビジネスをめぐる外部勢力の関与など、複雑な関係がある。
 百年近く前から存在するアフマディア問題は、ムハンマド以外の預言者を掲げていること自体が、イスラムの常識では容認されない。強硬派団体がディスコやバーを襲うと、手段こそ肯定されないが「やられる側にも原因がある」という認識がある。

◇政治利用が危険―川村晃一・日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所地域研究センター・研究員(インドネシア政治、比較政治学)の話
 二〇〇八年にアフマディア問題が再燃した際、政府は「非合法化するべき」とする強硬派と、「信教の自由を守れ」と訴える穏健派の間で揺れた。結果「布教活動だけを禁止する」というあいまいな判断を下した。
 民主化が進んだ反面、暴力的な勢力を強権的に締め付けることができなくなったのは明らかだ。
 ジルバブ姿の女性が増えるなど、社会のイスラム化は、イデオロギーを主張する政治的イスラムの保守化とは一線を画す。イスラム保守系の福祉正義党(PKS)は九八年の結党時に比べ、イデオロギー色を弱めた。ごく普通のムスリムに、イスラム法での法体系導入を目指す思想を支持する動きはみられない。イスラム指導者会議の宗教令も法的拘束力がない上、庶民生活とは何の関係もない。
 マルク紛争では選挙に絡み、イスラム、キリスト両陣営が政治的違いを際立たせるがゆえに、衝突が生まれた。支持を集めるため、庶民の経済的・社会的不満を吸い上げる政治が、宗教を利用し始めると、危険性をはらむ可能性はある。

◇アフマディア
 ミルザ・グラム・アフマッド師が一八八九年、英国領のパキスタン東部ラホールで布教したイスラム宗派。自らムハンマドを継ぐ預言者と主張し、武力でのジハード(聖戦)を否定するなど、独自のコーランの解釈を行った。現在の本部はロンドン。インドネシアには一九二〇年代―三〇年代に広まった。国内の信徒は約五十万―六十万人とされる。イスラム指導者会議(MUI)が二〇〇五年、「異端派」と判断し、全国各地で襲撃事件が続発した。発祥地のパキスタン、バングラデシュなどムスリムが多数派の国で、主流派から「異端派」とされ、迫害を受けている。

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