呼称「チナ」廃止 華人差別の撤廃進む 47年ぶり、大統領が決定
ユドヨノ大統領が、スハルト大統領時代に変更された華人の呼称「Cina(チナ)」を「Tionghoa(ティオンホア)」に再び戻す大統領決定(2014年第12号)に14日付で署名したことが明らかになった。差別的な意味合いが強かった呼称が政府により正式に変更され、華人からも決定を「歓迎する」との声が上がっている。
中国の文化、思想、宗教、儀礼を禁止する1967年の大統領令(=華人文化禁止令)で、政府は中国人や中国系の国民の呼称を「チナ」と規定していた。今後は政府機関などで「チナ」の使用が禁じられ、「ティオンホア」や「Tiongkok(ティオンコック)」の使用が義務づけられる。華人の呼称だけでなく、中華人民共和国を示すインドネシア語表記「リパブリック・ラクヤット・チャイナ」も「リパブリック・ラクヤット・ティオンコック」に変更される。今回の大統領決定では個人や団体、地域コミュニティーなどで全ての民族・グループの基本的人権を保障するとした。
大統領決定をめぐっては、民主党党首を務めるユドヨノ大統領が総選挙前に発布することで華人の支持獲得を狙ったとの見方もある。
インドネシアでは2000年にアブドゥルラフマン・ワヒド大統領(グスドゥル)が華人文化禁止令を撤廃後、06年には住民登録証(KTP)の宗教欄にも「儒教」が認められるなど華人文化が市民に受け入れられている。華人が政府要職に就いた最近の例では、ジャカルタ特別州副知事に当選したアホック氏が挙げられる。
華人コミュニティー「インドネシア華人の声」代表のエディ・クスマ氏は、今回の大統領決定を「歓迎する」と評価。「最近では差別を感じることはなくなり、以前に比べて華人以外との関係は格段に良くなった」と国民の融和を実感している。
インドネシア独立以降、華人にとっては差別の歴史を歩んできた。1945年憲法では呼称「ティオンホア」が使われていたが、67年には少数派を多数派に同化させようとしたスハルト大統領が華人文化禁止令を発布。政府は同化政策の下、呼称をチナに変え、名前も中国人名からインドネシア人名への変更を強要するなど、華人に対する抑圧と差別が繰り返されてきた。
スハルト体制が崩壊した98年になると、ハビビ大統領が中国語使用を解禁するなど差別撤廃を宣言。グスドゥルによる華人文化禁止令の撤廃が続き、2001年のメガワティ政権では春節(イムレック)が国民の祭日に認められるなど、近年は華人への差別をなくす動きが加速している。(高橋佳久)
■「前進、でも解決はまだ」
「『オランチナ』と呼ばれると、発音にもよるが、少し蔑まれている感じがする」。西ジャカルタ・グロドックで中国の菓子などを売るエニーさん(30)は今回の大統領決定を歓迎する。
1998年に起きた反華人暴動では、働いていた中華料理レストランが、暴徒が放った火により灰となった。
それでも今は差別を感じない。「民主化後はプリブミ(土着のインドネシア人)も恐くない」
一方で西ジャカルタに住む華人のサンディさん(42)は「パスポートやKTP(住民登録証)など、公的書類を請求するときは、賄賂の要求額が多かったり、手続きが遅いなど、華人は必ず嫌がらせを受ける」と不満をあらわにする。
「呼称『チナ』が無くなるのは一歩前進だが、根本の解決は遠い」(堀之内健史、写真も)