【ジャカルタFocus】首都洪水対策、空転 住民移転や団地建設難航 「選挙の年」影響も
ジャカルタの洪水対策が空転している。4月の総選挙と7月の大統領選挙を控え、河川の流域住民が移るための公営住宅(団地)建設は難航。移転しなければ改修事業は始まらない。人口過密化も進む。州政府ができることは限られている。
先月12日ごろからの洪水村カンプンプロ(東ジャカルタ・ジャティヌガラ)の水没は今月10日まで1カ月間に及んだ。住民は13日泥をせっせとかいた。露天商のゴニさん(57)は「ひと月商売できなかった。300万ルピア損をした」と嘆く。この11日後の24日、村はまた水没してしまった。26日まで水かさは昼に引き、夜に増すの繰り返し。チリウン川が蛇のようにくねり、幅が30メートルから5メートルまで狭まる村は、川の中に建っているようなもの。主婦カリマさん(53)も「移転か、補償金かで終わりにしたい」と疲れを隠せない。
カンプンプロの千世帯の移転。1世帯1戸と計算して、村の隣の西ジャティヌガラ団地(12月竣工予定)560戸と遠い郊外団地3件の450戸が対象だ。だが、皆が皆「近い団地」に移りたがる。慣れた土地から離れたくないのもあるが、「遠い団地」が遠さを補えるほど魅力的でもないのが理由だ。
▽団地、荒れ果て
「遠い団地」の一つコマルディン団地(東ジャカルタ・チャクン)は荒れ果てている。歪むドア、平らではない壁、むき出しの水道管…。いかにも荒い施工だ。埃と泥のこびり付いた裸のコンクリには管理の跡がない。建設から5年余りとは思えない。
3週間前、中央ジャカルタ・クマヨランのスンティオン川岸から200世帯が移転した。その1人、ビリヤード店従業員ディニさん(30)は不満をもらす。「水道がしばしば止まるの。出てもちょろちょろよ。マンディ(水浴び)もできない」。しかも元の職場にはオートバイで1時間かかる。バスは役に立たない。もろい公共交通機関のせいでオートバイがないと陸の孤島だ。
ここをカンプンプロの60世帯が12日、見学した。でも感触は芳しくない。主婦スリさん(41)は試しに村から団地までアンコット(乗り合いバス)を2回、乗り継いでみてがっかりした。走行距離は15キロに過ぎないが、渋滞で1時間かかった。「夫はスネン市場で働く。移ればもっと遠くなる」。子ども5人を抱えて仕事を変えるのはリスクが大きい。
しかも「近い団地」西ジャティヌガラ団地も雲行きが怪しい。基礎工事のさなかで年内の工期に間に合うか危ぶむ向きがある。ある関係者は「総選挙と大統領選挙があるからねえ」と言葉を濁す。休みが増えるし、監督省庁の関心も政治に向きやすい。
▽市場を高層団地化
ここで州には「秘策」がある。二つの伝統市場をつぶして1200戸の高層マンションを2件建てることだ。その一つが南ジャカルタ・マンガライのルンプット市場だ。管理責任者が持つ設計図にはしょうしゃな高層建築のイラストが見える。「24階建てで、下層階が商業スペースで既存の商店を吸収する。上層階が川沿い住民の受け入れ先になる」。寝室2室と居間1室の造りに、橋を渡れば高級住宅地メンテンという好立地。「これなら住民も移るだろう」と自信満々だ。ただ起工は今年9月から来年1月までずれ込んだ。「選挙でいろいろなことがストップしている。終われば動き出すだろう」だが、これでも団地は足りない。チリウン川流域すべてとプルイット貯水池だけで1万4千世帯が移転を見込まれる。川沿いには、人口過密、流入、格差、都市計画の欠如と問題が詰まる。中央政府による大ぶりな政策が必要だ。(吉田拓史、写真も)