【火焔樹】2本5千ルピアの包丁
長い間料理をしているのに、最近驚いたことがある。ローカルのパサール(伝統市場)でココナッツをすり下ろす板を買った時、おつりの5千ルピアを店の人が工面しなくていいようにと思って、同額のゴムベラを探したがなかった。そうしたら、インドネシア製の包丁を2本くれた。別に包丁が欲しかったのでもないが、彼女のことはもう長く見知っているので、あまり考えずにその簡素な包丁を2本そのまま受け取った。本当を言うと、後でメードにでもあげればいいと思っていた。
その後、私には牛刀がたくさんあるので、その小さな果物ナイフのような包丁を使わずにいた。しかし、日本製の牛刀では、サトイモやレンコン、新鮮なニンジンを切っている時、最後に割れてしまう。ところが粗雑な刃渡り12センチほどのパサールの包丁だと、割れないのである。
なぜかなとよく見てみると、インドネシア製の包丁は鉄の部分が薄いのである。牛刀のようなしっかりした厚めの鉄を使っていないことが幸いして、レンコンやサトイモが割れずに切れるのである。
33年前インドネシアに来た時、義理の母は、日本だったら風呂場で使うようないすに座って小さな包丁で料理をしていた。彼女はお料理上手で、いつも私に「洋服が縫えなくても、縫製工に出せば済むけれど、お料理は毎日のことだから大切よ」と、何度も何度も言っていた。彼女はパダン料理で有名なパダン人である。
大切なのは、毎日のおいしいご飯で道具ではない。私が見くびっていた粗雑なインドネシア製の包丁はとても鋭利で、野菜が割れずに切れる。もちろん、牛肉、鶏肉、スイカは大きな牛刀で切る。つまりは、適材適所。そんなことを考えながら、私はまた包丁を研いでいる。(ゲストハウス経営・平井邦子)