【ジャカルタフォーカス】流入と密集の首都 「スラム」再生計画
地方出身者が流入する貧困層の多い住宅密集地、いわゆる「スラム」はジャカルタに溢れるほどある。ジョコウィ知事は密集地を再生する住宅開発「カンプン・デレット(KD)」で解消に乗り出した。
中央ジャカルタ・タナティンギ。KD第一号は今月9日完成した。3月の火災で全焼した線路沿いのカンプンの家屋43戸が、西欧風のコンクリート住宅に変化を遂げた。
元々家屋一戸に数世帯が住んでいた。居間、手洗い場、台所は共用で、各世帯のための寝室がある。生活様式はあくまでインドネシア風だ。入り口で靴を脱ぎ、床に座り、数家族が一緒に共用の居間のテレビを視る。巡礼経験があり、伝統的な暮らしをしてきたサロン(腰巻き)姿のアミールさん(64)でさえも「コンクリ造りの設備に満足している」と喜んだ。
これがカンプンクム(スラム)再生計画だ。ジャカルタ特別州や民間企業が費用を負担してスラムを再建、住民に引き渡す仕組み。スラムの拡大を防ぐ試みで、州は年内38カ所での事業開始を想定している。
1千万人以上の巨大都市にスラムはつきもの。スラムには周囲の地価を落とし、教育水準が下がり、貧困が連鎖して富裕層地域と隔絶するなどの問題が起きる。地方から都市に人が流れ込む構図は世界共通の現象だ。ジャカルタへの流入も、地方との経済格差や、地方の高い出生率などの要因が背景にある。
■「火災村落」に波紋
中央ジャカルタの川沿いに建つ1600人規模のジャワ人村落カンプンカリマティはその典型例だ。州有地にある400戸以上の住宅はすべて非合法。スリジョ第3隣組長によると、中部ジャワ州出身者が60年代後半から移住。70年代後半まで家は数十戸しかなかったが、80年代から同州からの流入者が増え、過密状態になった。
この村落にも再生計画が持ち上がる。ただ、ここはいわくつきでもある。過去に大火災が3回あり、墓地や住宅を切り取るように公営住宅3棟が建設された。昨年8月の大火災後には、州知事選を控えたファウジ・ボウォ知事(当時)が視察に訪れたが、被災者支援に絡んで「私に投票しなければ、(対抗候補だったジョコウィ現知事の地元)ソロに家を建てなさい」と話して住民を激怒させた。
住民は地権を持たないため、州の撤去に敏感になる。住民は自警団の詰め所のテレビで、国鉄チキニ駅やタナアバンから排除される露天商のニュースをじっと見る。公有地からの撤去を推進するアホック副知事が出てくると「またあいつだ」と住民がなじりはじめる。
昨年の火災は住民の家計を直撃した。マルハディ第2隣組長は「昨年の火災以降、まだ家を再建できない人もいる。再建した人も急ごしらえがほとんどだ」と語る。木材、バラック、モルタル、ビニールシートでこしらえたあばら屋は火災に弱く、次に火災が起きれば路頭に迷いかねない。再建費用を捻出するため、借金をした世帯も多いという。スラム再生計画はこの村落の「白馬の王子様」に思えるが、地権が課題だ。州の地権を住民に譲渡するのか、住民に貸与する形にするのか。
■洪水で「元の木阿弥」に
KDがスラムの削減につながるかは分からない。都市計画専門家のニルウォノ・ヨガ氏は、再生計画の対象地の多くが河川沿いに位置することを問題視する。「洪水が再び起きれば元の木阿弥。頭痛薬で一時的に痛みを止めるようなものだ」
ニルウォノ氏は「州は法令を調査しなければならない」とも指摘。KDは当初、収容能力を上げようと高層化が検討されていたが、関係者は、相反する法令が存在するため、3階建て以上が難しいと話す。
企業の社会的責任(CSR)としての民間資金による財源確保や、地権が複雑に絡み合っていることによる土地紛争といった問題もある。 (吉田拓史、写真も)