【ジャカルタフォーカス】北東の果て、失業重く 「立ち退き村」マルンダ団地
マルンダ州営住宅(団地)はジャカルタ北東端のへき地にある。開発に伴う移転者がひしめく「立ち退き村」に、失業問題が重くのしかかっている。
「これがジョコウィ知事がくれたベッドです」。貯水池から移転したロベルトさん(34)は団地暮らしに大満足だ。老朽化した借家の2間だったのが、居間一つ寝室二つのコンクリート建築を手に入れた。ロベルトさんはコピー機卸売り屋の従業員で奥さんは全自動洗濯機を買い、クリーニング屋を開店。生活は安定している。「知事に感謝している」。夫婦は微笑んだ。
ロベルトさんは北ジャカルタ・プルイット貯水池付近の「違法住宅」に住んでいたが、今年1月の首都大洪水で住居が損壊し、州の立ち退き要請に応じた。そのときは250人が移住した。
しかし、ロベルトさんのように安定した職を持つ住民は少数派だ。隣組長のアレンさんはこう言う。「『プルイット移民』の大半は失業している」。25キロ東への転居が物売り、露天商、雑役夫などの前職を失わせたのだ。
家賃は補助金付きの12万〜15万ルピア(約1200〜1400円)と格安で、最初4カ月間は無料。近くの工業団地で軽作業の仕事を3カ月もらえた。「良かったのはそこまで」。3カ月が過ぎると「移民」は職探しに窮し始めた。
団地の地理的条件は厳しい。周囲を養殖池や湿地が囲み、北方は海だ。東の川はブカシ県との県境。さらに、ジャカルタ中心部に行く道には、タンジュンプリオク港周辺の大渋滞が立ちはだかる。
「問題は交通」と元雑役夫のマスリヤさん(50)は嘆く。州はプルイットと団地を1日3往復するシャトルバスを運行するが、片道は渋滞で2時間半、悪ければ4時間もかかる。付近の波止場からプルイットを結ぶ水上バスも、1日1往復で定員は30人に過ぎない。オートバイを持たない住民にとって団地は「陸の孤島」と化している。
団地は元から立ち退き者向けだ。スティヨソ知事(当時)が07年に建設。州東部河川脇の居住者を対象に「家賃9割安」をうたったが、同年2月の首都大洪水の被害にもかかわらず、入居者数は低調だった。これをジョコウィ知事が再活用した。
「良かったのは入り口だけだ。仕事をくれると言った知事にだまされた」。失業中の40代男性は昼間から、仲間とコーヒー屋台を囲んでいた。男性はカトリック教徒。いまも日曜日はプルイット付近の教会まで、仲間の乗用車にすし詰めになって向かう。団地に設置されたコンピューターや美容の職業訓練所は閉まりがちで、職を得る道筋は見つからない。
ただこう言う声もある。タフリアディさん(46)は港湾の雑役夫の職を失い、子ども4人を養わねばならない身だが、「ジョコウィ知事だから団地がもらえた。ほかの知事なら立ち退かせて『はいおしまい』だっただろう」。(吉田拓史、写真も)