民主化15年の軌跡
◇民主化15年の年表
1996年
4月 スハルト大統領のティン夫人死去
7月 民主党本部襲撃事件、メガワティ氏の人気上昇
1997年
7月 タイ・バーツが暴落しアジア通貨危機へ
12月 スハルト大統領、体調崩し、退陣説流れる
1998年
1月 IMFマクロ経済プログラムの受け入れに合意
1ドル1万7千ルピアまで下落
3月 スハルト大統領7選、ハビビ氏副大統領就任
5月5日 北スマトラ州メダンで石油価格引き上げ反対暴動発生、全国に飛び火
12日 トリサクティ大学で学生4人射殺
13〜15日 ジャカルタなど全国各地で暴動が同時多発
21日 スハルト退陣、ハビビ大統領就任
11月 国民協議会特別会議でハビビ大統領続投承認
チガンジュール宣言
ハビビ退陣を求める学生デモ隊に治安部隊が発砲(スマンギ事件)
12月 国軍とアチェ住民の対立激化
1999年
1月 銀行再建庁設立
実質経済成長率がマイナス13%に
マルク州アンボンで宗教紛争勃発
中部スラウェシ州ポソで住民衝突
2月 ハビビ大統領と自由パプア運動(OPM)が対話
3月 西カリマンタン州でダヤック人とマドゥラ人が衝突、少なくとも170人死亡
4月 国家警察、国軍から分離
6月 総選挙、メガワティの闘争民主党が第1党に
8月 汚職防止法可決
東ティモールで独立を問う住民投票
9月 東ティモール騒乱、米国が人権侵害を理由に武器禁輸措置
10月 ハビビ続投断念、グス・ドゥルが大統領、メガワティが副大統領に就任
1945年憲法改正
情報省を廃止
2000年
1月 イリアンジャヤ州をパプア州に改名
2月 華人文化解禁
8月 第2次憲法改正
12月 クリスマス同時爆弾テロ
2001年
1月 地方自治法が施行
7月 国民協議会がグス・ドゥルを汚職疑惑で罷免、メガワティ大統領就任
11月 第3次憲法改正を決定
パプア独立指導者テイス氏暗殺
2002年
5月 東ティモール独立
10月 バリ州クタで爆弾テロ、202人死亡
8月 第4次憲法改正
11月 放送法改正
汚職撲滅委員会設置法可決
2003年
5月 アチェ自由運動(GAM)と和平交渉決裂、アチェに戒厳令
8月 ジャカルタのマリオット・ホテルで爆弾テロ、12人死亡、147人重軽傷
12月 IMFが「経済改革パッケージ」最後の融資5億500万ドル承認
2004年
3月 ユドヨノ政治・治安担当調整相が辞任
5月 総選挙でゴルカル党が第1党に
9月 人権活動家ムニール氏、ガルーダ機内で毒殺
ジャカルタの豪州大使館で爆弾テロ、9人死亡
10月 ユドヨノ大統領が初の直接選挙で当選
12月 スマトラ島沖地震、アチェで死者・行方不明者17万人以上
石油純輸入国に転落
2005年
6月 地方首長の直接選挙を初実施
8月 政府、GAMと和平合意
10月 バリ州クタとジンバランで同時爆弾テロ
2006年
5月 中部ジャワで地震、6千人が死亡
7月 改正国籍法が成立
12月 アチェ首長選実施
2007年
7月 最高裁、地方首長選で無所属候補認める
8月 ジャカルタで初の州知事選
2008年
1月 スハルト元大統領死去
4月 プラボウォ氏を大統領候補に担ぐグリンドラ党が結党
6月 イスラム少数派アフマディヤに活動禁止令
7月 日イ経済連携協定(EPA)発効
11月 G20首脳会議に参加
2009年
1月 石油輸出国機構(OPEC)脱退
4月 総選挙でユドヨノ大統領の民主党が第1党に
5月 KPK委員長アンタサリ逮捕
7月 ジャカルタのマリオット、リッツカールトンでホテル同時爆弾テロ
9月 ユドヨノ大統領再選
2010年
1月 元大統領のグス・ドゥルが死去
7月 米国が武器禁輸を解除
11月 オバマ米大統領が2度の延期を経て来イ
12月 1人当たりGDP(国内総生産)3千ドル突破
2011年
2月 バンテン州パンデグラン県でイスラム少数派アフマディヤ信徒虐殺
8月 汚職容疑の元民主党幹部ナザルディン氏、コロンビアで拘束
2012年
6月 サリム・グループ創業者で政商のスドノ・サリム(林紹良)氏死去
8月 東ジャワ州マドゥラ島のシーア派信者が襲撃を受け、移住地を追われ国内避難民化
9月 ジャカルタ州知事選でジョコウィ氏当選
2013年
1月 ルトフィ福祉正義党(PKS)党首、牛肉輸入汚職事件の容疑者に
2月 アナス民主党党首、ハンバラン競技場汚職事件の容疑者に
2014年
4月 総選挙
7月 大統領選(9月に決選投票)