落第候補から全国優勝 高校ハードル選手のニザールさん 青年協力隊の後藤さんが指導
国際協力機構青年海外協力隊の陸上競技指導者として派遣されている元高校非常勤講師の後藤知宏さん(27)=兵庫県出身=の教え子、ムハマド・ニザールさん(17)が先月、ユースクラスの110メートルハードルで全国優勝した。ジャカルタ特別州選抜の強化メンバーに選ばれながらも、思うように成果が出ず落第候補筆頭だった。二人三脚でつかんだ栄光は、帰任を控えた後藤さんにとっても大きな自信になった。
ニザールさんは先月3日、中央ジャカルタ・スナヤンでのレースで優勝。タイムはもう少しで国際大会に手が届く14秒66。任期を26日に終える後藤さんへのプレゼントになっただけでなく、「落ちこぼれ」の汚名を返上した瞬間だった。両手を空に向けて広げ、グランド中を走り回り、喜びを爆発させた。
南ジャカルタ・ラグナンの体育学校に2011年1月に入学したニザールさん。将来を有望視される選手が集まる全寮制の中高一貫校で、学費や食費は無料。家計に負担をかけず、得意の短距離を磨けるとあり、張り切っていた。
ところが、きつい練習についていけない。記録も伸びず、指導者からは「選抜をクビにする」と半ば見放される状態で、親には退学の意思も打ち明けていた。
後藤さんが着任したのはその1カ月後。選抜チームでは計25人の選手を8人で分担して指導するが、成果を出すと賞与が出るため、指導者間で選手獲得競争が激しい。後藤さんは事情がよく分からないまま自動的にニザールさんを任された。「押し付けられたと思った」というのは正直な感想だ。
いざ練習を始めても、周囲は2人の練習を懐疑的に見ていた。
「スタミナ」を重視するインドネシアでは、短距離選手であっても長時間走り込む練習が常識とされる。後藤さんは距離を走ることで、ゆったりしたフォームがニザールさんの癖になっていると分析。短距離に的を絞った練習メニューを組み、走り方の改善を徹底した。同僚コーチからは「それじゃあだめだ」との声が漏れたが、逆に闘志を燃やす材料になった。第一印象とは違い、ニザールさんの素質への期待も徐々に膨らんでいた。
後藤さんが重視したもう一つは、コミュニケーションだ。名門の東海大学陸上部に一般入部した経験から、「スターではない選手」の気持ちはよく分かった。自信を喪失したニザールさんに「俺はお前のコーチだ。しっかり見ているぞ」ということを示したかった。日記形式の練習記録にコメントを付けたほか、積極的に話しかけ、外時出も一緒に過ごした。
この思いにニザールさんも呼応。「これまでの練習でだめだった。変わるチャンスかもしれない」と考えた。「記録は上がるばかりじゃない。今は我慢の時期だ」という後藤さんの言葉を信じ、断食明け休暇も返上で練習に打ち込んだ。結果、指導開始から4カ月後の州大会では、短距離、ハードルともに総なめ。その後もめきめき記録を伸ばしていった。
ニザールさんは現在、9月にあるインターハイ優勝を目指して練習に打ち込んでいる。将来的には、海外のレースにでることが目標だ。
後藤さんは着任時に掲げた、教え子とともに海外遠征するという目標はかなえられなかったが、ニザールさんが目標を引き継いだ。「自分の指導に自信が持てた。もう少しこの道でやっていきたい」と、今後も指導者としての道を歩みたいと、志を新たにしている。(道下健弘、写真も)