刑法改正案 審議開始 大統領中傷罪が復活 同棲は禁錮1年 黒魔術の規制も
オランダ植民地時代の遺物と批判されてきた刑法改正案の審議が国会で始まった。世界最大のムスリム人口を抱えながらもイスラム法を基盤にするのではなく、多様な民族や地域の慣習が根付くインドネシア独自の刑法の策定を目指す。政府案では、大統領中傷や共産主義禁止、宗教冒とくなど表現や信教の自由に関する規定をはじめ、同棲や姦通、黒魔術を規制する条項なども盛り込まれ、多岐にわたる刑事犯罪の議論が展開されている。
法務人権省の刑法改正案策定チームが昨年末に国会へ上程した改正案は、現行の569条から766条へと大幅に増えた。
来年の任期満了を控えたユドヨノ政権の保守化ぶりを示す条項として問題視されているのが、大統領中傷罪。
憲法裁判所が2006年以降、言論の自由を保障する憲法に反するとして、国家元首侮辱罪や政府中傷罪など、刑法の関連条項に違憲判決を下し、すでに廃止されたものを復活させる動きだとの批判が噴出している。
アミル・シャムスディン法務人権相は「特別な地位である大統領を法的に保護する必要がある」と説明。「憲法裁が廃止した条項を復活させるのではなく、新しい条項を策定した」と釈明するが、政府批判を封じ込めたスハルト独裁政権の手口へと逆行するとの懸念も根強い。
宗教冒とく罪も4条にわたって規定されたが、煽動罪とともに恣意的な運用が可能だとの批判も多い。また国民協議会(MPR)決議などで禁止されてきた共産主義に関する条項もあり、言論の自由を保障する憲法に反するとの意見が出ている。
■姦通罪は禁錮5年
幅広い関心を呼んでいるのは性犯罪に関する条項だ。正式に結婚していない者が同居していた場合、同棲罪として最高禁錮1年、罰金3千万ルピアを科すと規定した。
同棲している男女に対し、住民が警察に通報せず、暴力を振るう事件が多発している状況を受け、罰則を明確化して一方的な制裁を回避するのが目的。イスラムをはじめとするインドネシアで根付いている道徳観を反映すべきとの考えだ。
同棲罪の量刑も問題視されている。改正案では最高禁錮1年で、既婚者対象の姦通罪では禁錮5年。イスラム保守の福祉正義党(PKS)は「姦通罪を適用すべき事件でも、量刑がはるかに軽い同棲罪として立件されかねない」と批判している。
全国で唯一、イスラム法を導入しているアチェでは、配偶者以外と性交渉を持った既婚者には石打ちによる死刑、独身者が婚前交渉した場合は100回のむち打ち刑を科すと規定。人権団体は批判している。
同棲罪をめぐり、刑法学者が「未婚者同士が一緒に暮らす地域もある」などと指摘し、名指しされた北スマトラ州ムンタワイの慣習会議が抗議する騒ぎも起きている。
■議員は海外視察へ
まったく新しい規定として策定されたのが、黒魔術に関する条項。超能力を持つと主張し、黒魔術を使うサービスを提供する者には禁錮5年を科すとした。
国会では黒魔術に関する討論会も開かれるなど、同条項の是非をめぐる議論が過熱している。そもそも黒魔術の存在を科学的に証明し、犯罪として立件することは不可能との批判が続出。超能力者と自称してきたグリンドラ党幹部のプルマディ氏は「黒魔術を仕掛けるよう命じる有力者こそ規制対象とすべきだ」と反発する。
汚職撲滅委員会(KPK)元幹部のチャンドラ・ハムザ氏は「例えば黒魔術を使い、人殺しを代行するといった宣伝をした場合などが想定されている」と指摘。大衆紙などに多数掲載されている広告に関する規定であり、黒魔術そのものに関する議論は不要だと一蹴した。
改正案を審議する国会第3委員会は今月14日から6日間、65億ルピアを掛け、英国、フランス、オランダ、ロシアを訪れる。刑事犯罪の規制状況について「欧州で発展してきた大陸法を直接学ぶ」としている。改正案の審議には数年かかるとみられ、来年で任期を終える議員からは「不適切な時期に審議に時間を要する法案が提出された」との苦言も出ている。