被爆アオギリ物語を翻訳 広島からアンクルンと紙芝居を 原爆投下70年目
インドネシアの伝統竹楽器アンクルンなどをアルンバと呼ばれる編成で演奏する団体「アルンバ広島」が、広島でインドネシアの民話を日本語に翻訳している「インドネシア語同好会」と協力して、広島市が選定した被爆樹木の一つである「被爆アオギリ」の紙芝居をインドネシア語に翻訳した。アルンバ広島は8月にインドネシアを訪れ演奏を披露するとともに紙芝居を披露し、原子爆弾投下による惨状を伝える。
翻訳した紙芝居は「被爆アオギリ物語 ずっとそばにいるよ いっしょにあるいていこう」。広島県にある福山市立大教育学部の大庭三枝教授と生徒たちが一緒に作った紙芝居で、英語とフランス語の訳はあるが、インドネシア語に翻訳されるのは初めて。
原爆で焼け焦げながらも枯れずに芽吹いた木「被爆アオギリ」が、2004年の台風で倒れたのを市民らが救おうとするストーリーだ。アルンバ広島の代表を務める佐々木賀世子さん(58)がインドネシア語同好会に声をかけ、今年4月から翻訳作業を進めてきた。
佐々木さんの夫は被爆二世。義父は被爆者で現在も白血病で血液が作れないため、週に1回は血液を交換するため病院に通っている。アルンバ広島にも被爆2世のメンバーがいる。「身近に原爆の影響を受けた人がおり、何かできないかと自然と考えるようになった。70年目という節目であることはもちろん、『アルンバ広島』という名前で活動していることもあり、ひとつでもできることをインドネシアでしたいと思った」
アルンバ広島では、アンクルンと木琴に似た形の竹琴ガンバン・バンブー、ガンバン・バンブーを縦に並べたような形のバズ・バンブーといったインドネシア伝統の竹楽器を8人で演奏する。
佐々木さんは1997〜99年に夫がジャカルタ日本人学校(JJS)の教員としてインドネシアへ赴任したのを機に来イし、ジャカルタでアンクルンを演奏していた。楽器を持って帰国したが一緒に演奏する仲間や機会が少なく、2001年に「アルンバ広島」を立ち上げた。これまで広島の学校や病院、公民館などでボランティアで演奏を続けてきた。
アルンバ広島は8月21〜25日に来イする。ジャカルタと西ジャワ州のバンドンで演奏会を開き、バンドンではパジャジャラン大学と地元の高校でメンバーらが同紙芝居をインドネシア語で演じる。現在は日本で、インドネシア語での読み聞かせの練習に励んでいるという。(毛利春香)