野中氏、監督に再登板 資金調達も担う 野球インドネシア代表

 野球のインドネシア代表監督として2009年にアジアカップ初優勝に導いた野中寿人さん(52)=写真=が、このほど代表監督に再び就任した。野中さんは監督業務に加え、大会出場や強化練習の資金調達も担う。4年の任期でインドネシア人がインドネシア人を教える自立した体制を作る。
 まず、11月にフィリピンで開かれるアジアカップに出場するための必要な資金約500万円を調達する。日本企業や団体、個人に援助を求め、強化合宿や野球用具の購入、渡航費などに使う。
 代表に政府から資金が出るのは、上位入りが期待できる東南アジア選手権大会(SEAゲーム)のみ。これまでアジアカップなどへの出場資金はSEAゲーム予算の残りを使うなどして、まかなっていたが、昨年は野球がなかったので、資金はない。
 野中さんが援助を募るのは2回目だ。2007年〜10年まで務めた代表監督の時にインドネシアはアジアカップで初優勝したが、塩尻孝二郎大使(当時)やジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)が「日イ友好のため」と全面的に支援。航空券から練習施設、ユニフォームまで負担した。
 インドネシアには野球を指導する人材が不足している。今後の指導体制構築のため、コーチは30歳前後の若手で固める。強化合宿には全国から若手のコーチを集めて、指導方法の指導をする。アジアの大会で安定的にメダルを取れるようになれば、国からの補助金も期待できる。野中さんは4年の任期でそのレベルまで引き上げる考えだ。
■支援募集
 野球インドネシア代表はスポンサーと野球用具などの支援を個人や企業、団体問わず募集している。スポンサーになれば、ユニフォームなどにロゴを入れることも可能。問い合わせは野中さん(メールnonaka.66@gmail.com)まで。

「第2の祖国に恩返し」 自立向け、最後の挑戦

 「代表監督は今回が最後」。4年で選手とコーチを育てインドネシア人だけで持続可能なチームに育てると覚悟した。
 「インドネシア代表なのに」という違和感は常にあった。2009年のアジアカップで優勝する快挙を成し遂げた時も、監督だけでなく、資金面でも日本におんぶにだっこ状態。いつまでも他国頼りの代表チームではいけない。ただ、野球よりソフトボールに人材が流れる国で、インドネシア人監督やコーチが優秀な選手を育て、好結果を出すには、まだ日本の力が必要。代表時代の教え子からも野中さんの復帰なしには「インドネシア野球の将来が見えない」と頼まれた。
 先行きは厳しい。今回は連盟にはお金どころか、野球道具はボール一つさえない。連盟は野中さんに金策まで期待する。お金が集まらなければ大会に参加できない。強化合宿には最低3カ月必要と感じているが、「今回に限っては1カ月できればいい」。来月から代表選手選考に入るが、野中さんは「優勝した前回より明らかに劣る」と戦力面でも不安はある。
 それでも挑戦するのは大学時代、コーチに反発して野球部を辞めてから、冷めていた野球への熱を取り戻したインドネシアへの感謝があるからだ。
 「『第2の祖国』インドネシアに対して、自分は野球でしか恩返しできない」
 まず、アジアカップで上位に食い込み、来年のアジア選手権やワールドベースボール・クラシック(WBC)2次予選出場を目指す。その先は「日本のプロ野球や独立リーグにインドネシア人選手を送り込む」と決めている。(堀之内健史)

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