川の脇、労働者の村 「洪水村」カンプンプロ

 ジャカルタで最も洪水被害のひどい東ジャカルタ区カンプンプロ。2007年の大洪水で7メートル、今年1月は5メートル。水源の西ジャワ州ボゴールで雨が降れば、チリウン川の蛇行に身を埋めるカンプン(集落)は水没する。そんな洪水村に河川改修に伴う移転がじりじりと迫り来る。  
 カンプンプロの向かいにあるジャティヌガラ市場の混雑は想像を絶する。市場内は服飾店が埋め尽くし通路幅は1人分。周りには露店が並び、人間、荷役、露天商が行き交う。荷物をぱんぱんにしたトラックがその混沌に進入。スリにも相応の注意がいる。
 この市場で働く売り子や荷役は日雇い労働を強いられる。1日8〜9時間の労働で日当5万〜8万ルピアと低賃金だ。諸手当を合わせても月収は150万ルピア程度。14年州最低賃金244万ルピアなどの労働法規とは別のルールが働く。
▽低所得者+洪水
 この市場労働者がカンプンプロの住民の多数を占める。「夫だけの収入では足らないので共働きの家庭が多い」と無職のヌルディアンさん(27)。夫が市場労働、妻も服飾露店の売り子や露天商、売店経営などで稼ぐのが典型的だ。
 多発する洪水で家賃が低いため出稼ぎ者の仮宿になる例もある。野菜売りのアグスさんは川沿いの大きめの家を露天商8人とともにシェアして1人当たりの家賃を15万ルピアに抑える。アグスさんは毎日野菜を積んだリヤカーを引いてカンプンを歩き渡る。手のひらサイズの赤と青チャベが3千ルピア、野球ボールほどの豆腐が2千ルピアと安く運べる量も限られる。収入は芳しくない。ボゴールの家族の元には十数日に1日とんぼ返りする生活を続ける。
▽急速な人口増加
 1942〜45年の日本軍政期からカンプンプロに住んでいたと語る売店主のウナンさん(78)は「当時は数件しか家がなかった」と振り返った。「木々が茂り畑があり、川沿いには堤防が整備されたきれいなカンプンだった」。スハルト時代の70年代〜90年代にかけてチリウン川流域は主に流入者で過密化。木は伐られ畑は住居に姿を変える。
 「60、70年代のチリウン川の水はきれいだった。皆マンディ(水浴び)し水はそのまま飲めた」とウナンさんの息子サフロンさん(57)は言う。「人が増え、ごみが放り込まれるようになった。昔は生ごみだけだったが、プラスティックごみが川を汚した」。ジョコウィ知事は先月陸軍とともに清掃をしたが、ごみは上流から絶え間なく下ってくる。
 「プンダタン(流入者)は堤防を切り崩すように家を建ててきた」と65年から住む服飾露店自営のダスキさん(50)も話した。その結果、カンプンには川から遠い位置に古株の住民が住み、川に近づくにつれ新しい流入者がいる構造ができた。川に近づくほど家屋の建材は悪化する傾向がある。
 加えて既存の居住者の人口拡大も過密化に拍車を駆けたようだ。オジェック(二輪車タクシー)運転手のマウラナさん(44)は6人兄弟で親の家を六つに分割した経験の持ち主だ。「ジャワの田舎では子どもに田畑を等分する。ここでも家を等分する。同じ仕組みだ」。田畑を等分した結果、零細化した農民が都市に流入する。流入した都市でも家々を等分する。
▽フェイスブック防災
 「(ボゴール市の)カトゥランパ水門40センチメートル(シアガ4=要注意)」。町内会(RW)の防災担当インドラさん(38)はフェイスブックページ「カンプンプロRW02」を毎日欠かさず更新する。町内会は電子メールなどで水位の情報を現地から直接受け取り、即座に住民に知らせる仕組みを持つ。チリウン川を増水させるのは水源ボゴール地域での大雨。増水の徴候を真っ先に関知するのがカトゥランパ水門だ。
 「カトゥランパ水門からカンプンプロまで水が到着するのは8時間かかる。フェイスブックを見ておけば、どれほどの洪水がいつ来るか分かる」。情報はデポック水門、マンガライ水門の水位も含む。さらに急激な増水に備えてトランシーバー2台を利用する。だが5600人が住む第2町内会には少なすぎる。「買い足そうにも資金が足りない。支援してくれる人を探している」とカマルディン第2町内会長(52)は話した。
▽立ち退き
 ジョコウィ知事はカンプンプロを訪れ移転先を提案した。問題は大半の住民の居住権があいまいな点だ。地権を持たず土地を占拠している形ではあるものの、住民は土地建物税を払い、州政府の下部にあたる町内会に入り、住民票、投票権を持つ。
 州政府は、住民がジャティヌガラ市場から離れれば失業しかねないことを勘案した結果、カンプンから1キロ以内の土地を確保。州と協力する公共事業省は予算1600億ルピア(約14億円)をかけて16階建てのタワー公営住宅(団地)2棟を今月から建設開始する。来年12月の竣工以降、計560室に住民を受け入れる予定だ。
 住民は団地の家賃に戦々恐々だ。いままで占拠状態の家屋で家賃を払わない3児の母の主婦エリーさん(32)は「団地の家賃を下げてもらえなければ生活が行き詰まる」と話した。夫はモールの清掃係で最賃程度の収入だ。
 町内会ごとに意見も違う。目前で川が急カーブするため洪水がひどい第2町内会は積極的だが、比較的洪水が和らぐ第3町内会はそうではない。修理工ユスロウさん(45)は「洪水にはもう慣れている。私はずっとここに住みたい」と話す。この町内会には3億ルピア(約270万円)かかったと住民がうわさする住宅など一握りの中間層も住んでいる。(吉田拓史、写真も)

◇チリウン川改修 2012年8月から14年6月まで、「洪水河川」のチリウン川流域19キロにわたり総事業費1.2兆ルピアを費やして浚渫、堤防建設、脇に歩道と並木などを整備する公共事業。1月の首都大洪水でジョコウィ知事が事業加速の音頭をとるが、一部の住民の不法占拠地域の立ち退きは難航。事業を進める公共事業省は今月初旬大蔵省から予算が降りないとし、工期がずれ込むという観測もある。

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